森の歌 ~autumn~




秋のふかまった森の奥には、キツネたちの暮らす平和な村がありました。
その村の一番南に、木でできた真新しい家がたっています。
その家の玄関先で、二匹のキツネが仲良くじゃれあっていました。
金色の毛並がカガリ、濃紺の毛並は彼女の夫で、アスランといいます。
森の警備へ向かうアスランに、カガリが見送りと称して、毛づくろいをしているところでした。

「カガリ、くすぐったいよ」

カガリはアスランの香りを身近に感じることのでる毛づくろいが大好きでしたが、あまり上手ではありませんでした。
加減を考えずにグリグリと顔をこすりつけるので、アスランが思わず身を捩ります。

「そうか?」

カガリは不思議そうに顔をあげました。
自分の毛づくろいがどうしてくすぐったいのか、よく分からない様子です。
アスランの濃紺の毛並と香りが気持ち良くて、カガリはいつも加減を忘れてしまうのですが、自分ではそれに気づいていないのでした。

「でも、気持ち良かった。有難う」

不思議そうに自分を見つめるカガリに、アスランは優しく微笑みました。
上手ではありませんが、「あいじょう」の籠った毛づくろいが嬉しくないはずはありません。

「帰ったら、今度は俺が毛づくろいしてあげるよ」

わあっと喜ぶカガリのほっぺたに口付けると、アスランは出掛けていきました。


アスランの後ろ姿を見送っていたカガリですが、その姿が見えなくなると、よしと気合を入れました。
その様子はまるで、今からとっておきのいたずらをしようとする、子キツネのようです。
しかし、カガリが張り切るのも無理はありません。
今日はつがいになってから初めての、アスランの誕生日なのです。
つがいになるまでは、甘い木の実や、葉っぱで作った飾りをプレゼントしていましたが、今年は何か特別なものを用意したいとカガリは思っていたのです。
幸運なことに、季節は秋まっただ中、収穫の季節。
きっとアスランの喜ぶような、素敵なものが見つかるはずです。
プレゼントを渡したときの、アスランの喜ぶ顔を想像して、カガリは元気よく村の外に出かけました。







紅に黄色、鮮やかに色づいた森の中は歩くだけでも楽しくて、カガリはご機嫌で森のなかを進んでいきます。
途中で出会った仲良しの小鳥やリスが、木の実が生い茂る秘密の場所を教えてくれましたが、いまいちこれといったものが見つかりません。

「どうしよう・・・」

手の中にある熟した栗をしげしげと見つめながら、カガリが森のなかを歩き続いていると、遠くからせせらぎの音が聞こえてきました。
その音に向かって駆けていくと、そこには小さな川が流れていました。

「うわーいっ!」

偶然見つけた水場に、カガリは大喜びです。
透き通った川底を覗けば、小さなカニが数匹、ちょこちょこと泳いでいました。

「アスランのプレゼント、これにしよう!」

ついにプレゼントが決まり、顔を綻ばせたカガリでしたが、どうせなら、もう少し大きなカニを捕まえたほうが、アスランは喜んでくれるでしょう。
そう思ったカガリは、川の流れに沿って、チョコチョコと歩き始めました。







歩き始めていくうちに、森の景色が段々と変わっていきます。
小鳥がちょんちょんとカガリの耳をつつき、リスがカガリの足をカリカリとひっかきます。
これは人里に近づいているという合図です。
一度キコリに捕まって怖い思いをしたことのあるカガリは、ごくりと唾をのみました。

「大丈夫・・にんげんを見つけたら、すぐに逃げればいいんだから!」

元気と勇ましさはカガリの良いところですが、同時に悪いところでもあります。
カガリを止めようとしていた小鳥とリスがいなくなってからも、小さい足を止めずに、カガリは人里に向かっていきます。
アスランに喜んでもらいたい一心でしたが、そのおかげで、ついに大きなカニを見つけました。

「えいっ!」

勢いよく川に飛び込み、カニを捕まえようとしたカガリでしたが、カニだって食べられるわけにはいきません。

「あ!」

水流を利用し、すばしっこい動きで、カガリの目の前からあっという間に姿を消してしまいました。
ポツンと川に佇むカガリだけが残されます。
諦めきれずに、カニの逃げた方角をじっと見つめていたカガリでしたが、徐々に寒気を感じて、思わずくしゃみをしてしまいました。

「寒い・・」

いくら良い天気だといえ、10月ももう終わり。
水に濡れたままでいれば、風邪をひいてしまいます。
身体を乾かそうと、カガリは川から出て、木々の向こうの草むらに向かいました。

「あれ・・?」

カガリの耳がピクピクと反応しました。
草むらのほうからかすかに甘い香りがするのです。
それは今まで食べたことのあるどの木の実とも違う不思議な香りでした。
誘われるままに、カガリは背の高い草をなかをちょこちょこと進みました。
ついにガサリ・・と草地から顔を出すと、そこは広い原っぱでした。
幹の太い木々が何本かたっており、一番草地に近い大木の下に人間が座っています。

「あらあら?」

ピンク色の髪をした女の人が、草の音に反応し、カガリのほうに顔を向けました。

「まあ、キツネですわ!」

彼女の名はラクス・クラインといい、森に一番近い町の町長のむすめでした。
可愛いものが大好きなラクスは、ちょこんとこちらを見つめるカガリの姿に、すっかり興奮してしまいました。

「キラ、見えまして?なんて可愛らしいのでしょう」

頬を上気させ、隣にすわっている青年に呼びかけます。
キラと呼ばれた青年は、ラクスの興奮っぷりに思わず苦笑しました。

「野生のキツネみたいだね。金色なんて珍しい」

「キツネちゃん、お菓子がありますのよ。ほら、ケーキも」

先ほどから漂っていた甘い香りは、ラクスの膝元で広げているお菓子の香りでした。
甘い誘惑に勝てず、カガリは恐る恐る足を進めてしまいました。
にんげんの怖さと嫌というほど知っていたカガリですが、何故でしょう、ラクスとキラのことは、怖いとは思わなかったのです。
二人のとことまでたどり着いたカガリは、つんつんとラクスの膝を鼻でつつきました。

「まあまあ、本当になんて可愛いのでしょう!ケーキ―とクッキー、いくらでも差し上げますわ」

「ラクス、駄目だよ。野生の動物に人間のものをあげたら。砂糖の味を覚えてしまったら、大変でしょう」

お菓子を食べさせようとしたラクスを、キラがやんわりと止めました。

「そうですわね・・では、イチゴなら構わないでしょうか?」

「それならいいかもね」

「ほら、キツネちゃん。わたくしのお庭で取れたイチゴですのよ」

ラクスが差し出さすイチゴを、くんくんと匂いを嗅いでから、カガリはぱくりとかじりました。

「おいしい!」

蕩けるような甘さに、カガリの耳がぴょこんと立ち上がりました。
もっと欲しくて、ラクスのお腹に身体をこすりつけます。

「まあまあ!」

カガリに懐かれて、ラクスは感嘆の声をあげました。
こうなったら、あげないわけにはいきません。
こうしてラクスからたくさんイチゴを貰ったカガリは、心地よい満腹感に、ラクスの膝の上で眠ってしまいました。




一方、森の警備を終え、お土産を片手に家に帰ってきたアスランは首をひねりました。
いつもは玄関で出迎えてくるはずのカガリがいないのです。
怪訝に思いながらも、昼寝でもしているのだろうかと、アスランはリビングと寝床を見てみましたが、どこにもカガリの姿はありません。

「カガリ・・どこに行っちゃったんだろう」

元気なカガリのことです。
食糧を取りに、外に出かけているのかもしれません。

「それにしたって・・」

遅すぎるとアスランは思いました。
もう森は茜色に染まっています。
あと一時間もすれば、陽が落ちるでしょう。
心配になったアスランは、カガリを探しに行くことにしました。


てくてくと村の外を歩いていると、向こうからリスと小鳥がやってきます。
アスランの姿を見つけると、リスは大慌てで走り寄ってきました。

「・・・・なんだって?!」

事情を聴いて、アスランは驚きました。
アスランがあれだけ言い聞かせていたというのに、カガリは人里の方に向かったというのです。
リスたちにお礼を言うのも忘れて、アスランは森の出口目指して駆け出しました。









その頃、カガリはいまだラクスの膝の上で眠っていました。
お菓子とはまた違ういい香りがして、ラクスの傍はとても居心地がいいのです。
草むらでのんびりとしていたキラとラクスでしたが、太陽が西に傾き、風が冷気を含み始めると、キラはバスケットを終い始めました。

「もう夕方だ。ラクス、そろそろ帰ろうか」

「ええ・・ですが・・」

ラクスは膝の上で丸くなったカガリを見つめました。
細く白い綺麗な指で、起こすのが可哀そうなくらい、よく眠っているカガリの毛並を梳いています。
ずっと一緒にいて、ラクスはすっかりカガリに愛着を持ってしまいました。
このまま家に連れて帰ろうかと思ったとき、ガサリと草が重なる音がして、二人は顔を向けました。

「まあ・・!」

藪のなかから現れたのは、濃紺の色のキツネでした。
新たなキツネの登場に、感嘆の声をあげたラクスですが、驚いたのはアスランです。
カガリがにんげんの膝の上にいるのですから、無理もありません。
カガリを凝視するアスランに、キラはひらめきました。

「もしかして、この子のボーイフレンドなんじゃないの?」

「まあ!」

賑やかになった周囲に、カガリの耳がピクリと反応します。

「うーん・・」

眠そうな顔であたりを見回せば、藪の傍に、大好きなおっとの姿がありました。

「アスラン!」

「キツネちゃんのボーイフレンドが迎えにきておりますわ」

カガリはぴょんとラクスの膝から降りて、嬉しそうにアスランの元に駆けていきました。
藪のなかに消えていく二匹のキツネを見送ってから、キラとラクスは見つめ合い微笑んで、町に帰っていきました。


キラとラクスが穏やかに帰っていったのとは反対に、薄暗くなった森のなかを歩いている二匹の間にはピリピリとした尖った空気が流れていました。

「アスラン!アスラン!」

探していたカガリを見つけたアスランですが、喜ぶどころか安心した様子もなく、口もきいてくれません。
カガリを迎えにきたときから、ずっとこうなのです。
カガリが何を言っても返事をしませんし、一人でさっさと先を歩いていってしまいます。
歩くのが早いアスランに付いていこうと、カガリは必死で足を動かします。

「アスラン、どうして無視するんだよ」

いつも優しいはずのアスランが冷たくて、カガリはどうしていいか分からず、今にも泣いてしまいそうです。

「おいっアスラン・・!」

琥珀の瞳から涙が零れ落ちそうになったのと、アスランが急に足を止めたのはほぼ同時でした。
可哀想に、カガリは立ち止まることが出来ず、思いっきりアスランの背中に顔をぶつけてしまいました。

「うう・・」

鼻を押さえるカガリを、アスランは肩越しに振り返りました。

「カガリ、自分が何をしてたか分かってるのか?」

「あ・・・」

冷たい言い方に、カガリはアスランがとても怒っているのだと悟りました。
身を縮こませたカガリに、アスランは身体の向きを変え、正面に向き合います。

「どれだけ危ないことをしたか分かってるのか?」

「ご・・ごめん・・でも、すごく優しい人たちだったんだぞ、にんげんって怖い人ばかりだと思ってたけど、イチゴもくれて・・」

「本当に優しいかなんて、分かんないだろう」

「でもイチゴ・・」

「カガリ!」

アスランの一蹴に、カガリはびくりと肩を震わせました。
いつも甘くて優しいアスランが、カガリを怒鳴ることなど、滅多にないのですから当然です。

「君は俺がどれだけ心配したか分かってないんだな」

泣きそうなカガリをフォローすることなくアスランは向き合っていた視線をふいと外しました。

「アスラン・・?」

「そんなに人間のところに行きたいのなら、勝手にすればいい」

「え・・?」

くるりと身体の向きを変えると、呆然とするカガリを置いて、アスランはスタスタと歩き出してしまいました。



全ての人間に害があるとはアスランも思っているわけではありませんが、だからといって人間は全く異なる種族なのですから、積極的に関わるべきでもないのです。
とりわけカガリは純粋で、隠された悪意には絶対に気が付かないので、余計に人間と関わるべきではありません。
何かあってからでは遅いのだと、アスランが怒るのはもっともなことでした。
それでも、アスランが本気でカガリのことを嫌いになれるわけはありません。
気になって、チラリと横目で伺えば、斜め後ろに着いてきているはずのカガリはいませんでした。
立ち止まって振り向いてみれば、アスランに突き放されたのが、よっぽどショックだったのでしょう、先ほどの場所で石のように固まっています。
そんなカガリを見て、放っておけるアスランではありませんでした。
来た道を引き換えし、カガリのもとに戻ります。
傍に寄れば、カガリは硬直したまま泣いていました。

「カガリ」

「アスラン・・」

柔らかい声で名を呼ばれ、カガリは涙に濡れた瞳をアスランに向けました。
表情は少し硬いものの、先ほどのようなとんがった空気はもうありません。
アスランの存在をしっかりと目で確かめて、カガリはそのままアスランに抱きつきました。

「アスラン・・!」

「うん・・」

「アスランのところがいいよ」

「うん・・」

「にんげんのところは嫌だ。アスランのところがいい」

「カガリ、分かってるよ」

泣きじゃくるカガリの背中にアスランは腕を回し、垂れ下がった金色の尻尾にも藍色の尻尾が巻きついて、優しくさすります。
その感触に安心して、カガリの瞳からますます涙がこぼれおち、二匹はしばらくそのまま抱き合っていました。

「アスラン、心配かけてごめんな」

「俺こそ、酷いことを言ってすまなかった。でも、本気で心配したんだ」

「うん・・本当にごめん・・」

ひときしり泣いて落ち着いたあと、カガリはしょんぼりと耳をしおれさせて謝りました。
アスランがどれだけ心配したか、カガリ自身も分かっているのです。
それだけではありません。
カガリにはもう一つ、アスランに謝らなくてはならないことがありました。

「あの・・あのな、アスラン」

「ん?」

「あの・・アスランへの誕生日プレゼント、その・・実は用意できなかったんだ」

そう言われて初めて、自分のことに疎いアスランは今日が誕生日だということを思い出しました。

「気にしなくていい。カガリがいてくれるだけで、俺は嬉しいんだよ」

人間の膝の腕で寝ているカガリを見つけたとき、どんなにぞっとしたか。
カガリが傍にいてくれることが、アスランにとってはどんなプレゼントよりも嬉しいのです。
誕生日を覚えていてくれた、プレゼントを用意しようとしてくれた、それだけでもう充分なのです。

「アスラン・・」

「さあ、早くお家に帰ってご飯を食べよう」

頬を染めるカガリをアスランが促して、二匹は仲良く家に戻りました。











そしてその夜、アスランが毛づくろいをしてあげていると、その金色の毛並から、ポトリとカニが落ちてきて、それが思わぬ誕生日プレゼントになったのでした。




~おしまい~





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