森の歌



人里離れた平和な森の奥には、キツネたちの暮らす村がありました。
その村の中に金色の毛と瞳を持ったキツネがいました。
名をカガリといいます。
カガリは村長の娘でしたがその明るくて気さくな性格と
美しい金色の毛並と瞳でしたので求婚者が絶えませんでしたが
今まで誰も結婚することができたせんでした。

なぜなら誰もカガリが提示した結婚するための条件を満たすことができなかったのです。



「カガリ、また喧嘩したのか?」

「喧嘩じゃないぞ!審査だ!」

「それでまたアフメドを気絶させたのか?」

「あいつ弱いからな」

得意そうにカガリが足と尻尾をぶらぶらさせました。

「そのうち誰もカガリに求婚してこなくなるぞ」

「私は自分より強いやつとじゃないと結婚しないぞ!」

自分と戦って勝てたもの。

それがカガリと結婚する条件でした。
しかし幼いころから鍛えてきたカガリに勝てた雄のキツネはいまだにいませんでした。

ここは川のほとりです。
そこにカガリと彼女の幼馴染であるアスランは並んで腰かけていました。

「そんなこと言って、怪我でもしたらどうするんだ」

アスランは心配そうに緑の瞳を細めてカガリを覗き込みました。

「私は強いから怪我なんてしないぞ!」

カガリはその瞳から逃れるようにプイと顔を逸らしましたが、
それは照れ隠しで本当はアスランに顔を近づけられたことで
赤くなってしまった頬を隠すためでした。

カガリはアスランのことが好きでしたが結婚することはできません。
なぜならアスランはカガリより弱かったのです。
カガリがアスランに強請って二匹はよく遊びで戦っていましたが、アスランは一度もカガリに勝ったことがありませんでした。

「お前が強かったらなあ・・」

カガリはアスランに聞こえないように小さくつぶやきました。





平和な森にある日異変が起きました。

森に今まで足を踏み入れたことのなかった人間たちがやってきたのです。

「私がやっつけて二度と森に入ってこないようにしてやるぞ!」

「駄目だよカガリ。危ないからむやみに人間に近づいちゃだめだ」

いきり立つカガリをアスランがなだめます。

「何だよアスラン!私はお前と違って強いんだ!」

「知ってるよ。でもカガリ、人間はじゅうも持っているんだぞ。もし捕まって街に連れて行かれたらどうするんだ」

「大丈夫だ!」

「絶対に駄目だ!」

いつもはカガリのわがままを聞いてくれるアスランですが
今回は一歩もひきません。

「アスラン君の言うとおりだぞ、カガリ」

「お父様!」

「ウズミ様!」

いつのまにか二人の後ろにはカガリの父でキツネの村の村長でもあるウズミが立っていました。

「それに人間はやたらと森を荒らしたりはせん。自分たちが必要なぶんだけ食糧や木材を取っていくだけだ。やたらと警戒するものでもない」

二人に反対されてカガリは不機嫌そうにぷうっとほっぺたを膨らませました。




月が高くあがり、みんなが寝静まったころ
カガリはそおっと寝床から起き上がりました。

「アスランとお父様はああ言ったけどやっぱり人間はやっつけないと」

カガリは人間を森から追い出すことに諦めてはいませんでした。
きょろきょろとあたりを見回して音を立てずにそっと家から出ます。

夜の森はフクロウの鳴き声とさわさわと木々の揺れる音しかしませんでした。
月の明かりを頼りにカガリは森の入り口へ進みます。

「確か、リス達はここらへんで人間を見たって・・」

だいぶ人里近い場所まで来て、カガリはあたりを見回します。
すると向こうのほうで灯りと人影が見えました。

「見つけたぞ!」

カガリは気づかれないように人間に近づき
そっと身を潜めます。

そこにいたのは体格のいい男でした。
斧を持っているのでおそらく「キコリ」でしょう。
男は休憩しているのかのんびりと丸太に座っています。

「ようし!今だ!」

カガリは男に飛び掛かり思いっきり噛みつきました。
これで男は飛び上がって逃げるはずです。

ところが男は驚いたように小さく叫んだだけで逃げ出すことはおろかたいして痛がりもしません。
それどころかカガリの首根っこを掴んで持ち上げました。

「わっ!放せ放せ!」

カガリは予想外の展開に慌てて身体をばたつけせましたが男の手から逃れることはできません。

「金色のキツネか・・珍しいな。
 売っぱらえばいい金になる」

キコリはそう言ってカガリを持っていたオリの中に入れました。

「何するんだよ!出せってば!!」

カガリはオリの柵を引っかいたり体当たりをしたりしましたが
オリから出ることはできません。

「予想外の収穫だ。今日はこれで家に帰るとするか」

「いやだ!!ここから出せよ!!開けろー!!」

オリのなかで暴れるカガリをものともせず
キコリはカガリを連れて森を出て行ってしまいました。



夜が明けるころ、キコリの家に連れて行かれたカガリは、オリのなかでまるくなっていました。

「くすん・・くすん・・」

一晩中オリから出ようと暴れていたため、体力はなくなり声はかれて、今はただすすり泣いています。

「やっと大人しくなったなあ、キツネのお嬢ちゃん」

キコリがオリを覗き込みますが、カガリは威嚇する元気もありません。

「まあ可哀そうだが、お嬢ちゃんのほうから飛び掛かってきたんだぜ。それにこんな珍しい毛色なら、金持ちの家に買ってもらって可愛がってもらえるよ」

そう言ってキコリは街に出る支度を始めます。

「怖いよ・・お父様・・アスラン・・・・」

震えながらカガリは森の仲間や風景のことを思い浮かべます。

「アスランの言うとおり森で大人しくしてればよかった・・」

今更ながらにアスランの注意を無視して人間に攻撃したことを後悔しますが、後の祭りです。

「アスラン・・アスラン・・助けて・・」

カガリが呼ぶのは優しい緑の瞳をした幼馴染。
でも、きっとアスランはおろか誰もここにはやってこれないでしょう。
なぜならキツネは人間に適わないからです。
カガリはそれを身をもって知ってしまいました。

「よし、出かけるか」

支度を終えたキコリが部屋から戻ってきて
カガリは身体をびくりを震わせました。

「もうアスランにも会えないのか・・」

いよいよ悲しくなってカガリは身体を縮みこませ丸めます。

しかしキコリがカガリのオリに手を触れたその時です。


バターーンっと大きな音がしてキコリの家の扉が開きました。





カガリが驚いて顔を上げると、そこにいたのはずっと呼んでいた大好きな幼馴染。

「アスラン!!」

カガリは大きな声で叫びました。

扉をやぶったアスランはオリのなかのカガリを確かめると、安心させるように軽く笑いかけます。

「なんだこのキツネは!」

驚いたのはキコリです。
いきなり頑丈な扉が破られキツネが飛び込んできたのですから当然です。

「こいつも捕まえてやる!」

キコリはそう言うと縄を持ってアスランに飛び掛かります。

「アスラン駄目だ!!!逃げろーーー!!」

カガリが叫んだのとアスランが地を足で蹴ったのはほぼ同時でした。

「うわあ!」

アスランは勢いよくキコリの胸に体当たりをして、そのまま尻餅をついたキコリの肩に
思いっきり噛みつきました。

「痛っ!!放せ放せ!!」

キコリは滅茶苦茶に暴れますがアスランはどんなに振り回されても、キコリの肩に食らいついて放れません。

「もう駄目だー!」

キコリがあまりの痛みに耐えきれなくなったところで、アスランはやっとキコリの肩を解放すると、キコリはそのまま家の外に逃げていきました。


「カガリ・・・」

静かになった家の中でアスランはゆっくりとオリに近づくと、引き出しから見つけた鍵でオリを開けました。

「カガリ・・大丈夫だった?」

カチャンとオリの扉が開き、アスランはなかで身を固くしているカガリを優しく覗き込みます。

「アスラン・・」

「怖かっただろう」

ですがカガリは涙を溜めた大きな金色の目を丸くしたまま動きません。
頭がぐちゃぐちゃでどうしたらいいのか分からなかったのです。

「お前・・今のなんだよ?」

やっと出てきた言葉はアスランを責めるものでした。

「今の?」

「お前、すごく強いじゃないか。今まで本気出して戦ってなかったのかよ」

カガリが言うことは、もっともです。
今までアスランはカガリに一度も勝ったことがなかったのですから。

「お前弱いふりしてたのか。何でそんなことしてたんだよ」

「ごめん・・でも俺はカガリに攻撃なんてできなかったら」

「え・・?」

「遊びであっても噛みついたり引っかいたり、君を傷つけるようなことは、絶対できない」

アスランはすまなそうに眉を下げてはいましたがきっぱりとした口調で言いました。

「怖かっただろう、カガリ」

そしてまた優しく囁いて、カガリの垂れ下がった耳を尻尾でなでました。

カガリはしばらく呆然としていましたが、アスランの優しい口調と仕草に安心して涙がこみ上げてきました。

「アスランアスラン・・!!怖かったよ・・!!アスラン・・」

カガリはアスランに抱きついて大声で泣き始めました。

「カガリ・・もう大丈夫。大丈夫だから。」

アスランは泣きじゃくるカガリの背中を手でそっとなでてやります。
その優しい手つきにますますカガリの涙は止まらなくなって、二人は長い間ずっと抱き合っていました。






「もう、一人で勝手な真似しちゃだめだぞ」

アスランとカガリは森の中を並んで歩いていました。
キコリの家からキツネの村に帰る途中です。

「分かってるぞ・・」

痛いところをつかれて、カガリは気まずそうにアスランから顔を背けます。

「まあこれからは俺が四六時中カガリを見てるから、抜け出すことなんてできないだろうけど」

「どういう意味だ?」

カガリはまた顔の向きをくりんとアスランのほうに戻しました。

するとアスランは優しい微笑みを浮かべたまま、至極当然のように言いました。

「カガリは自分より強いやつとしか結婚しないんだろう?なら俺と結婚するしかないじゃないか」

「アスラン!」

アスランの言葉に驚いてカガリの耳と尻尾がピクンと上に向きます。

「カガリのことずっと好きだったから嬉しい」

アスランの瞳はとても愛しいものを見るように細められて、
カガリは何だか恥ずかしくなってドキドキしてしまいますが
カガリもアスランのことが大好きだったので嬉しくないはずありません。

ですがひとつ気になることがありました。

「でも・・私が捕まったりしなければ、お前が強いってしらないままで、結婚できなかったぞ」

カガリの質問にアスランの緑の瞳が黒く光りましたが、カガリは気づきませんでした。

「だから先に既成事実を作ろうと思っていたけどその必要はなくなったな」

「え?よく聞こえなかった」

「何でもない。まあそこはいいじゃないか。
こうなったってことは結局俺とカガリは結婚する運命だったってことさ。カガリ、俺と結婚してくれる?」

アスランの思惑には気づかないまま、頬を染めて頷く可愛い恋人をアスランは瞳を細めて見つめていました。






おしまい




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