鎖
甘い匂いが立ち込め、可愛らしいアンティークの家具が置かれた部屋。
その部屋の開け放たれたテラスで、少女たちがダイニングテーブルの席に着いていた。
「イチゴジャムを使った紅茶ですの。皆様召し上がって下さいな」
ホスト席に座っている桃色の髪の少女がにっこりほほ笑むと、少女たちがカップに手を伸ばす。
「うわあ、美味しい。本当にイチゴの味がするわ」
「このケーキにも合いますね」
甘いお菓子と紅茶をつまみながらおしゃべりを楽しめるのは女子の特権。
時折少女たちは誰かの部屋に集まって、このようなお茶会を開いていた。
華やかな少女達が紅茶とお菓子に囲まれて談笑している光景は見る者の心を和ますが、その中で一人浮かない顔をしている少女がいた。
「カガリさん、先ほどからずっと元気がありませんが、どうかされました?」
今日のお茶会を主催している桃色の髪の少女、ラクス・クラインがカガリに問いかけた。
「ダンスのあとの疲れた体には甘いものが一番ですのよ」
そう言ってにっこりほほ笑むラクスはまるで妖精のように可愛らしい。
彼女はプラント評議会で大臣を務めているクライン卿の一人娘だ。
「そうよ!カガリはまださっきのこと気にしてるわけ?アンタが間違えるのなんて最初っから想定内なんだから気にすることないわよ」
「フレイ・・」
失礼な物言いだが、これはケーキにフォークを挿している赤毛の少女なりの励まし。
彼女は名門アルスター家の一人娘フレイ・アルスター。
毒舌だが根は心の優しい友達想いの少女だ。
「カガリ様、折角ラクス様が淹れて下さった紅茶が冷めてしまいますよ。とっても美味しいですから」
どうぞと、もう一人の赤毛の少女がカガリの傍にミルクと砂糖の入ったカップを置いた。
フレイと同じ赤毛をツインテールにしているこの少女はメイリン・ホーク。
ラクスの召使だが、召使も友人のように接するラクスのおかげで、こうしていつもお茶会に参加している。
「みんな、ありがとう・・」
カガリは微笑んで、カップを手に取った。
「美味しい・・」
甘い液体がお腹の底に落ちて、じんわりと身体が温まる。
でも、温まったのは身体だけではない気がする。
温めてくれたのも、紅茶だけではなくて。
「みんな、本当に優しいな・・」
アスランに励まされたとはいえ、やはり先ほどの失敗が尾を引いていたのだ。
「うじうじ悩むなんてカガリらしくないわよ」
「フレイさんの仰る通りですわ。カガリさんに暗いお顔は似合いませんもの。それに初めのころに比べてとてもお上手になりましたわ」
良家の子女であるラクスとフレイももちろんデビュタントボールに参加する。
「ありがとう・・」
カガリは二人に微笑むが、いつもの晴れやかな笑顔ではなかった。
「でも他のみんなはどう思っているのかな・・」
ラクスとフレイは優しくて友達想いだけれど、皆が皆そう思ってくれるわけではないだろう。
ふと脳裏に赤い瞳の少年が浮かんでくる。
「ああ、シンのこと?だったら気にしなくていいわよ」
「フレイ・・」
「あいつはただああやって、カガリの気を引きたいだけなのよ。ほかに方法が思いつかないから」
全くお子様よねとフレイがケラケラ笑う。
メイリンも一緒にくすくす笑っているが、カガリはいまいちフレイの言いたいことが分からない。
「シンのことは置いといて、他の参加者の方たちもカガリさんに好感を持っていますもの。迷惑に思っている方なんていらっしゃいませんわ」
「私は全員と友達なわけじゃないぞ」
「友達でなくとも、一生懸命頑張るカガリさんの姿を見れば応援したくなりますわ」
そうなのだろうかと思うが、にっこりほほ笑むラクスを見ると、何故だか安心してしまう。
「分かった!とにかく本番では絶対うまくやるぞ!」
カガリはぎゅっと拳を握った。
「それでこそカガリさんですわ」
「や~っといつものカガリになったわね」
「カガリ様、このクッキーも召し上がりますか?」
「食べる!」
明るい笑い声が重なって、お茶会にいつも通りの朗らかな雰囲気が戻った。