「どうして・・」

枯れた大地の上に降り立つと、カガリは愕然とした。
想いでの地、二人の聖域ともいえるその場所は、無残な姿へと変わり果て、美しく幻想的な面影はどこにもない。

「戦争で焼かれたんだな・・」

「・・・」

アスランの言葉にカガリは目を伏せた。
先の戦争で大きな戦いはなくとも、小さな小競り合いはいくつもあって、きっとこの野原はその犠牲の一つになったのだろう。
プラントから戦火を起こすことは無く、仕掛けていたのはいつもオーブ軍だと、アスハ邸に戻ってからカガリは聞かされていた。

「代表の仕事は忙しいか?」

「え・・ああ。毎日自分の未熟さを思い知らされているよ。日々勉強さ」

アスランがいきなり話題を変えたので、答えるのに一瞬間があくも、カガリは素直な感想を口にした。
それと同時に、自らの決心を彼に告げなくてはならないと思う。

「以前私は甘いとお前に言われたな。本当にそうだ。ただ理想論を振りかざしていても何もならない。それに伴う実力がなければただの綺麗ごとだと実感しているよ」

「そんな向こう見ずで真っ直ぐなところが、カガリらしかったけどな」

だからこそ、アスランはカガリに惹かれたのだった。
打算も計算もない、その真っ直ぐな心に。

「まあそういうのも時には大事だけど、でもやっぱりそれじゃあ駄目なんだ」

カガリは苦笑しつつも、途中で顔を引き締めた。
彼に、言わなければならない。

「多分私は政治家には向いてない。能力的というよりは、性格的に。国を想う気持ちは誰にも負けない自信はあるけど」

それは代表という職に就任してすぐに感じたことだった。

「それでも私はオーブを守りたい。そのために人一倍、努力しないといけないんだ。だから・・」

「だから、俺とはもう会えない?」

「アスラン・・」

まさに自分が言わんとしていたことが、アスランの口から出てきて、カガリは目を見開いた。
アスランは悲しそうに、でもすべてを悟ったような優しい目でカガリを見つめていた。

会えないと言ったって、両国の代表である二人は会議などで今後もある程度は顔を合わせるだろう。
けれどカガリの思う、またアスランの言った「会えない」というのは、二人が個人的な想いを持って関係を続けるということはできないという意味だった。

焼けた野原に夜風が通って、金髪と濃紺の髪がふわりと舞う。
しばらく静寂が続いたが、カガリが目を伏せた。

「今はオーブのことだけを考えたいんだ・・」

「うん・・分かってるよ、カガリ」

「アスラン・・」

「分かってるから」

泣きそうなカガリの顔を見て、ああ、やっぱりカガリは変わらないとアスランは思う。
真っ直ぐで、一つのことに集中したらそれ以外見えなくなって。
だからこの選択はびっくりするくらいカガリらしい答えだった。
なら自分がそれに了承するのも、当たり前なのだ。

「俺たちはプラントの皇子、オーブの姫として、焼けた土地にまた花を植えないといけないんだ」

「そうだな・・」

アスランは焼け野原を見渡して、カガリはそれに同意する。
しばらくそこに佇んでいた二人だったが。

「私、もう戻るな。話しておきたい人がまだいるんだ。お前は?」

名残惜しさを振り切るように、カガリが言った。

「俺は、もう少しここにいるよ」

「そっか・・」

一瞬の間が空いて。

「じゃあ。アスラン」

「ああ」


再度目線を絡めると、カガリはアスランに背を向けて、ふわりと舞った。

こちらを振り返ることなく、夜空に白い蝶が溶け込んでいくのを、アスランはずっと見つめていた。





また、ここに来ようという約束は、もうしなかった。
未来を自分の力で切り開いていく強さがあれば、縋るような約束などする必要はないのだから。














和平協議に関する全ての催しが終了し、カガリがオーブに帰国する日。
その一団を城の広場で見送っていたアスランの背中に、伺うような声がかかった。

「アスラン・・いいのか?」

「ハイネ」

振り向くと、柄にもなく心配そうな顔をしたハイネが立っていた。
その後ろには弟のように優しくも厳しく目をかけてやっているシンの顔。
いろいろあったが、二人ともアスランを大切に思ってくれ、またアスラン自身も大切な仲間として彼らを信頼している。
二人を安心させるようにアスランは穏やかに微笑んで、目線を目の前の馬車の行列に戻した。


「いいんだ・・」

今はこれが一番良い選択だから。


それに、何故だろう。
北の塔に閉じ込め自分の好きなときにその身体を貪っていたときよりも、今のほうがずっとカガリを近くに感じる気がする。
物理的な距離は離れるのに、カガリの心がすぐ傍にあるような気がして、何故だか心は凪いだ海のように穏やかだった。


昔の自分だったら、きっと許せなかっただろう。
でも今はカガリと想いを分かち合って、心を重ねたからからこそ、自分の気持ちを押し付けずに、カガリの気持ちを尊重したいと思う。
幼かった以前の自分たちとは違うのだ。
自分勝手な思いで相手を傷つけたりはしない。



「まあ、お前たちはまだ17歳だからな。この先良くも悪くも色々あるよ」

ハイネが彼らしい不敵な笑みを浮かべる。

そうアスラン達はまだ17歳なのだ。
10歳のときに出会って、7年後に子どもから大人になった。
そして今は別離を選ぶけれど。


自分たちの7年後はどうなっているんだろう。


オーブに向けて出立する馬車を見送りながら、アスランはまだ見ぬ未来に夢を馳せた。








7年後・・

プラントとオーブの7回目の和平を記念する式典で、プラントの皇子がオーブの姫にプロポーズをすることを、彼はまだ知らない。











FIN
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