鎖
こうして戦争は終わったが、二人は戦後の処理に追われ、日々の忙しさに撲殺されていた。
特にオーブに戻って代表に就任したカガリの忙しさは半端ではなく、二人はオノゴロで別れ、それぞれがオーブとプラントに戻ったあと、今日の和平協定まで一度も会うことはなかった。
「姫、大分落ち着かれましたか?」
「アスラン皇子・・」
「宜しければ、夜風にあたるのに付き合って頂けませんか?」
ある程度要人との挨拶が終わったところで、カガリはアスランに声を掛けられた。
きっと彼は自分が落ち着くのを待っていてくれたのだろうと思うと、その優しさにカガリは切なくなる。
それは、予感にも似た罪悪感だった。
この優しい人を、傷つけてしまうことへの。
「ああ・・それはもちろん」
カガリが穏やかに微笑むと、アスランはバルコニーに彼女を促した。
バルコニーの上には、夜空が広がっていた。
オーブの南国特有の広い星空ではないが、繊細で美しい夜空だった。
バルコニーにはほかに誰もおらず、しばらく二人は無言で夜風に当たっていたが、カガリを意を決したように切り出した。
「アスラン」
「カガリ、行きたいところがあるんだ」
しかし何か言おうとしたカガリをアスランが遮った。
「パーティーを抜け出してか?」
話のタイミングを奪われたカガリだったが、諦めてアスランを軽く睨み付けた。
「ほんの数十分だから。それに、カガリは約束してくれただろう」
約束と言われても何のことが検討がつかず、問いかけようとした先に、アスランがカガリを抱き上げた。
「お前っ・・」
「まだ羽は動かさないほうがいい」
確かにカガリの羽にはまだ傷痕は残っていたが、実際のところ飛ぶにはほとんど支障は無くなっていた。
アスランも本当はそれを分かっているのだ。
だからこそ、カガリは彼の好きなようにしてやりたくて、彼の腕に身を任せることにしたが、ついつい文句を言ってしまう。
「誰かに見られたら・・」
「みんな会場の中だ」
アスランはいたずらっ子のようにそう言うと、黒い羽をはためかせた。
しばらく夜空を舞ううちに、アスランがどこに向かっているのか、カガリは検討がついた。
スノードロップの群生が咲く場所。
二人が初めて会った日に見つけて、それからもたびたび訪れた秘密の場所で、最後に訪れたのはデビュタンドボールのときだった。
「あの時もこうして、抜け出したんだよな」
カガリが目的地に気付いたことを、アスランも分かったらしく、どこか懐かしそうにそう言った。
「そうだったな・・」
デビュタントボールで次から次へとやってくるダンスの申し込みに疲れ、バルコニーで休んでいたらアスランがやってきて。
そうして二人で舞踏会を抜け出し、スノードロップの咲く野原へ行ったのだった。
夜の闇のなか、月光は跳ね返し銀色に輝くスノードロップの幻想的な美しさを思い出す。
それは数か月前のことなのに、随分昔に感じて、カガリの胸に切ない感傷が広がった。
平穏は当然あるものだと思い、無邪気にアスランの隣で過ごしていたあの頃は、今のカガリにとっては何とも遠いものに思えた。
「またここにこようって約束したんだ・・カガリ、覚えてる?」
(そうだった・・)
この世のものとは思えない、銀色の世界のなかで交わした約束をカガリは思い出す。
自分は何とも思わずに結んだ約束だったが、今から思えばアスランはあの時点で既にオーブの危機を知っていたのだろう。
彼は一体どんな気持ちでスノードロップを見つめていたのだろうと思うと、胸に熱いものがこみ上げてきて、カガリは彼の胸に額を押し付けた。
もう彼を傷つけたくはない。
(でも、今度約束するとき、私は・・)
黙ってしまったカガリにアスランは何も言わなかった。
そのまま静かに星空の下を飛んで、二人は目的の地へ向かった。
やがて、思い出の地にたどり着いて。
「あ・・」
アスランの声にカガリは押し付けていた顔を彼から離して、たどり着いたことを確認しようと、下を向いて地上を見たのだが。
「え・・」
そこにあるはずの銀世界は無く、眼下に広がっているのは一面の焼け野原だった。