ザフトがオノゴロに襲撃した日から一か月後、ディゼンベルの王宮にて、プラントとオーブの和平協定が行われた。
プラントの皇子であり、今回の和平協定の代表を務めるアスラン・ザラは、オーブの代表に就任したカガリ・ユラ・アスハを出迎え、二人は要人達が見守るなか和平協議に合意した。




「今回の和平の殊勲者が、こんな端っこにいたら駄目だろう」

要人たちへ一通りの挨拶を済ませ、目立たない壁の端っこで一息ついたアスランにハイネが声を掛けた。

「分かっている・・少し休憩しているだけだ」

アスランの答えにハイネは苦笑して、周囲を見回した。
広い会場には優美な旋律が流れ、正装した明るい顔の人々で賑わっている。
数時間前に和平協議が終わり、今はそれを記念する祝賀パーティーの真っ最中だった。
ハイネは華やかなドレスを着こなした女性たちのなかでも、ひときわ目を引く白い蝶に目を留めた。

「姫とはまだ話してないだろう?協議のときは私的な会話なんてできなかったんだし、パーティーが始まったときだって、無難な挨拶しかしてないだろう」

「ああ・・」

アスランもハイネの視線の先を追う。
緑色のドレスを纏った金髪の白い蝶がそこにはいた。
プラントの要人と上品に会話をするオーブ代表は、シンプルなドレスにも関わらず、妖精のような可憐さで人々の目を引いた。

「オノゴロ以来、今日が初めてだろ?姫と会うのは」

「ああ・・」

「和平の殊勲者同士、話をしてこいよ」


和平の殊勲者という言葉に、アスランは一か月前のオノゴロでのことを思い出す。



戦うこと以外に戦争を終わらせる方法はないのだろうかと考えて、導き出した一つの答え。
それは賭けだった。
本当にこんなことが上手くいくのだろうか。
もしも失敗したら、取り返しがつかなくなる。
それでも賭けてみようと、少しでも希望があるのなら、やってみようとアスランは決心した。
カガリと想いを分かち合えたことが、勇気につながったのだ。
人は満たされるとこんなにも強くなれるのだということを、アスランは初めて知った。
アスランの計画を聞かされて、最初はカガリもそんなことが上手くいくのかと戸惑ったが、やがて決心し同意をしてくれた。
今までの二人だったら不可能だったことも、想いの通じあった今なら、奇跡を起こせるかもしれない。
そんな風に思いながら、二人はオーブの夜明けを迎えた。




「オーブ軍、私は先のオーブ国王の娘、カガリ・ユラ・アスハだ」

ザフトとオーブの両軍がまさにオノゴロで激突しようというとき、その声は響いた。
プラントに幽閉されたはずの姫の声に、オーブ兵たちは狼狽し、その姿を見つけるとさらに困惑した。
姫はザフト軍の中枢で、それもプラントの皇子の隣に立っていたからだ。

「現オーブ政府はクーデターによって作られた偽装国家であり、私はこれを認めない。アスハの名を持つものとして、私こそが正統なオーブの代表だ」

オーブ軍は予想だにしない状況に動きを止めるが、それはまたザフト軍も同様だった。
何故敵軍の姫が戦場に、それも皇子の隣にいるのか分かるものはいなかった。
戦場を困惑が包むが、カガリは気おくれすることなく、両軍の注目を集めたまま毅然と続ける。

「私はこの無駄な戦争をすぐに終わらせ、ウズミ代表が唱えたオーブの理念に沿った国家を作り直すつもりだ」

「その折にはプラントはカガリ・ユラ・アスハを代表としたオーブ政府を支持する」

そう言ってカガリの横に立っていたアスランが一歩前に踏み出した。

「意味のない争いを一刻も早く終わりにしたいのは、プラントも同じだ。オーブとは以前のような友好国に戻りたいとも思っている」

アスランの言葉にざわついた戦場が再び静まるのを待って、カガリは一気に、しかし力強く言った。

「私のもとで新たなオーブの再建を支持するのなら、オーブ軍は軍を引け!セイランの命に従うことはないんだ」

「オーブ軍が引くと言うのなら、ザフトも攻撃はしない」

オーブの姫とプラントの皇子の言葉に、戦場は水を打ったように静かになった。
その沈黙はしかし、危うい均衡のなかにあって、アスランとカガリは最後の審判を待つように、その時を待ったが。
ゆっくりと、しかしそれは巨大なうねりとなって、オーブ軍が撤退を始めた。

オーブ兵たちだって、この戦争は無意味で、また勝ち目のないものだと分かっていた。
セイラン家のくだらない見得や欲望の為だけに行われているのも知っていたが、王家に仕えるものとして従うしかなかったのだ。
しかし新たに正統な、また自分たちの敬愛する君主が現れた今、その必要はもうなくなったのだった。
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