夢では、なかった。


愛しい人が腕のなかにいるのは、現実。


そして、プラントとオーブが戦争をしているのも、現実。









朝日が昇るほんの少し前に、カガリは目を覚ました。
目の前にはアスランの綺麗な寝顔。
秀麗な容姿の彼だが、寝顔は無防備で、いつもより何だか幼く見える。
規則正しい穏やかな寝息が、愛おしい。

顔に垂れた前髪を梳いてやろうとして、たくましい腕が自分の首と腰に絡まっていることに気が付いた。
アスランは一晩中、カガリを放さなかったのだ。
それが嬉しくて、・・切ない。

カガリは濃紺で柔らかいアスランの髪を梳いて、その指先を彼の頬にすべらせた。
そのまま彼の身体の線を辿るように、指先を降下させていく。
顎から首へ、肩から胸へ。
細身でしなやかだけど、こうして見ると、女の自分とは全く違う体つきをしていることをカガリは改めて実感する。
指先で触れれば、それは尚更で。

これが、アスランなんだ・・

しっかり彼を覚えておきたくて、カガリは何度も指先で彼の身体をなぞった。
何度も指先を往復させてからやっと、名残惜しげに手を放すと、ゆっくりと彼の腕の拘束を外して起き上がった。


あと一時間もすれば、朝がくる。
今は静寂さが包んでいるザフトの陣営だが、じきに動き出すだろう。
そうすれば太陽が高く昇ることに、オノゴロで戦が始まる。

行かなければ――



「待つんだ、カガリ」


ベッドから降りようとしたところで、腕を掴まれた。

「アスランっ?!」

いつの間にか彼は起き上がっていて、その翡翠色の瞳は曇りも無く、冴え冴えとしている。

「お前・・起きてたのかよ・・」

「・・・」

アスランは応えなかったが、逆にそれが肯定を表していた。
いつから・・なんて聞くまでもない。
きっと自分が目を覚ます前から起きていたのだろうと思うと、カガリは表情を曇らせた。
本当は、このまま行ってしまいたかった。
彼と向き合ってしまえば、離れるのが辛くなる。

「アスラン・・ごめん・・でも、分かってくれるだろう?」

たとえ二人が想いを通わせたとしても、オーブとプラントの関係は何も変わらない。

「私は行かなきゃならない・・オーブを守らなきゃ・・」

だからごめん・・と続けようとした言葉は、アスランの静かな、でもはっきりとした声に遮られた。

「ずっと・・考えていた」

「え?」

「戦うこと以外に、戦争を終わらせる方法を・・」






カガリと交じり合って、穏やかな深い眠りに落ちたアスランだったが。
軍人として鍛えられた身体と精神は惰性を貪ることは無く、アスランはいつも通り日の出の大分前に目を覚ました。
眠ったのは深夜も大分過ぎたころだったから、睡眠時間は少なかったはずなのに、今まで経験したことのないくらい目覚めが良くて、身体も軽く頭もすっきりしていた。
目を開けると、愛しい白い蝶の可愛い寝顔があって、自分は一晩中彼女を抱きしめていたのかと思うと、その執着ぶりに苦笑する。
アスランはカガリの寝顔をしばらく見つめてから、その柔らかい頬に触れた。
指先から伝わる感触は愛おしくて、同時にこんな尊いものに自らが与えた仕打ちを思うと、苦い後悔が鋭い刃になってアスランの心を突いた。
胸にジクジクとした痛みを抱えながら、アスランはカガリの白い羽にも、そっと触れる。
羽の傷は大分癒えてはいたが、いまだ裂け目のあとはしっかりと残っていて、アスランは己の愚かさを噛み締める。
繊細で薄い羽に残る傷は、自らの幼さの証。
あせって、怒って、自分の激情を、ただぶつけた。
自分から離れようとしたカガリが許せなくて。

でも、今は・・?

カガリと想いが通じ合った、今は・・?

アスランは再びカガリの体に腕を回してから、そっと目を閉じて、思考に沈んだ。

カガリが目を覚ましたのは、それからしばらくしてからのことだった。
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