鎖
ほんの少しの勇気が出せなくて、一度躊躇ってしまったら、抵抗できない巨大な渦に飲み込まれて、戻れないところまで流されてしまった。
すれ違って、傷つけあって、一体どれくらいの涙を流したのだろう。
そうやって随分と遠回りをしてしまったけど、君はまた、ここに戻ってきてくれるのか。
「カガリ・・!」
アスランはカガリの細い身体を抱きしめた。
自分に笑いかけてくれたのが、嬉しくて。
最後にカガリの笑顔を見たのは、いつだっただろう。オーブとの戦争が始まってから、憎しみと悲しみに彩られた瞳しか見ていなかった。
見る者の心まで明るくするようなカガリの笑顔が好きだったはずなのに。
「カガリ・・カガリ・・」
一心に愛する少女の名を呼んで、抱きしめる腕に力を込めた。
「アスラン・・」
今まで、アスランの抱擁にカガリが応えてくれたことはなかった。
いつも全身で抵抗して、アスランはそれを力でねじ伏せていていた。
あるいは抵抗できないくらいに激しく抱いて、体力を根こそぎ奪われぐったりとしたカガリを腕に納めていた。
だけど今、カガリは抵抗することなくその身をアスランに委ね、更にはアスランの衣服をぎゅっと掴んだ。
そのたどたどしい手つきに、愛しさと嬉しさがこみ上げて、アスランの瞳からまた涙が溢れ出る。
受け入れてもらえるというのは、こんなに幸せなことなんだ・・
今まで知らなかった喜びに、アスランの身体がぶるりと震えた。
「カガリ・・愛してる・・」
「アスラン・・」
「愛してるんだ・・カガリ・・」
湧き出る感情をアスランはそのまま何度も口にして、ゆっくりと唇を近づけた。
「ん・・」
柔らかく温かい感触を角度を変えて何度も味わう。
「カガリ・・もっと・・」
「アス・・ん・・う・・」
もっと深くカガリを味わおうと、アスランはカガリの咥内に舌を忍ばせた。
アスランの舌は、慈しむように柔らかくカガリの咥内をくまなく撫でる。
愛しさを、伝えるかのように。
ひとしきり咥内を愛撫して、アスランはそっと縮こまっているカガリのそれに触れた。
カガリのそれはピクンと反応したが、逃げ出すことはせず、寄り添うアスランの舌にたどたどしく応じてくれた。
出来るだけ優しく、穏やかにと思っていたアスランだったが。
「んっ・・!んう・・」
カガリの反応に一気に体温が上がって、たまらず舌を絡めて吸い上げた。
驚いたカガリが唇を離そうとするが、アスランはすかさず後頭部をしっかりと押さえて彼女を逃がさず、口づけを激しいものにしていく。
「ん・・ん・・」
吐息も、唾液も、カガリの全てを求めるような激しい口づけに翻弄されて息苦しさを感じながらも、カガリは必死にアスランに応えていた。
「は・・あっ」
やっと灼熱の口づけが解かれて、銀色のアーチがプツンと途切れる。
それを口づけの余韻が冷めやらずに、ぼんやりと眺めていた二人だったが。
はあはあと荒く呼吸をするカガリに、アスランがはっと身をたじらせた。
「カガリ・・すまない・・俺・・」
「お前・・いちいち謝るなよ・・」
「すまない・・あ、いや・・そうじゃなくて・・」
アスランがためらいがちに言った。
「今まで俺・・君になんて酷いことを・・本当に・・すまない」
謝ってすむようなことじゃないけど・・と呟いてアスランは俯いた。
それでカガリは合点がいった。
彼は今のキスのことではなくて、今までカガリにしてきたことを謝罪しているのだと。
ハツカネズミの彼のことだ、きっとカガリが許すといっても永遠と後悔し続けるに違いないと思うと、何だか彼が愛しくなってしまう。
「私こそ・・お前の苦しみに気付いてやれなかったんだ。おあいこだよ」
「カガリ・・」
すぐそこにいたのに、すれ違ってばっかりで・・
「私たち、本当に馬鹿だなっ!」
カガリはあっけらかんとそう言った。
それは今まで成りを潜めていた彼女らしいさばさばした物言いで、アスランの胸を嬉しさと懐かしさでいっぱいにする。
今、目の前にいるカガリは、いつも内に引きこもりがちな自分を助けてくれた、明るく元気なカガリなのだと。
だけど、それだけじゃ足りなかった。
確かなものが欲しかった。
「夢じゃ・・ないんだよな・・本当に君は今ここにいるんだよな」
「ああ。私はもう逃げたりしないぞ。お前に会いに、ここにきたんだ」
「なら・・確かめたい・・確かめても・・いいか?」
「え?」
「カガリがちゃんとここにいるって・・肌で感じて・・確かめたいんだ・・」
ドキンとカガリの心臓が鳴った。
自分を切なげに覗き込んでくるアスランの綺麗な翡翠色の瞳は濡れていて・・
その瞳が何を求めているかは一目瞭然で。
アスランの言っている意味が分からないほど、カガリはもう子供ではなかった。