幻を見ているのだと思った。
彼女がここにいるなど、あり得ないことなのだから。

天幕の向こう、暗闇のなかで輝く金髪も、浮かび上がる白い羽も。

自分の願望が、作り出した幻影なのだと。


「アスラン・・」

だから白い羽の少女が天幕の中に滑り込んできても、アスランは目の前の状況を信じることができなかった。


「アスラン・・」

視線を自分に向けたまま微動だにしないアスランに戸惑いながらも、少女はゆっくりとアスランに近づいていく。
そうして手を伸ばせば触れる距離までやってくると、パチンと松明の炎が弾けた。
その乾いた音でようやく止まっていたアスランの思考が動き出す。

「カガ・・リ」

呆然と目の前にいる少女の名を呟いた。

「アスラン・・」

それに応じるようにカガリもアスランの名を呼んで、ようやくアスランは今ここにいるカガリが、夢でも幻でもないことをぼんやりと理解する。

「どう・・して・・」

それでも、今この状況をあっさりと信じることができない。

だって自分はカガリをオーブに返したのだ。
だからカガリがこんなところにいるはずがない。


「アスラン・・」

ぼんやりと表情も変えず、ろくに反応をしめさないアスランに、カガリがくしゃりと顔を歪めた。

「私・・お前と話したくて・・!」

「え・・?」

「聞いたんだ・・!全部っ・・オノゴロのことっ・・アスラン!」

ドンっとアスランの身体に衝撃が走った。

「っ・・」

「アスランっ・・アスランっ・・ごめん!ごめん・・」

カガリの柔らかい身体と息遣いを感じてやっと、アスランはカガリに抱きつかれているのだと分かった。
その細い身体は小刻みに震えている。

「カガリ・・本当に・・?」

「アスランっ」

カガリがアスランの胸に埋めていた顔をあげた。
琥珀色の瞳が涙に濡れてきらめいている。

「本当に・・カガリなんだな・・」

感じる息遣いも、その身体の感触も、目の前の金髪も。
アスランが誰よりもよく知っている、愛しい少女のものだった。
それが嬉しくて、いますぐ自分もカガリを抱きしめたい、カガリを感じたいと思ったが、傷ついた心の痛みが邪魔をした。
湧き上がる欲求に素直に従うには、アスランの心はあまりにも傷つき過ぎていた。
だから溢れ出る喜びに気が付かない振りをする。

「カガリ・・君が・・どうしてここに・・ハイネは・・」

自分が一番信頼しているハイネに、カガリをオーブに連れて行くように任せたはずだ。
彼に任せておけば、何も問題ないと思っていたのに、一体なにがあったのだろうとアスランは訝しむ。

「ハイネはちゃんとここまで連れてきてくれたぞ」

「え?」

「私が頼んだんだ。アスランのところに連れて行ってくれって・・!」

カガリは泣き顔のまま、すがるようにそう言った。
その言葉に、表情に、アスランの心臓がドクンと跳ねた。
それはカガリが自ら、自分に会いたいと思ってくれたということだろうか。
一瞬でもそう思うと、期待と歓喜が胸に湧き上がるも、自分がカガリにしてきたことを思えば、そんなことはあり得ないと心のなかでかぶりを振る。
暖かな感情から逃げようとする。
だから動揺した心を隠そうと、カガリを責めるように問い詰めた。

「な・・何でだ!何故そんなことをハイネに頼んだんだ?!」

いきなり声を荒げたアスランに驚いたのか、カガリの肩がびくりと跳ねたが、アスランにそれに気を留める余裕はない。

「君はあんなにオーブに帰りたがっていたじゃないかっ!!」

だから、手放したのに。
諦めようと、決心したのに。
そんな風に言われたら、今度こそ手放せなくなる。
それなのに、君はどうして俺をまた苦しめようとするんだ。
頼むから、もう俺を揺さぶらないでくれと、それはもはや懇願に近い気持ちで、アスランのあげた声は悲鳴に近かった。

けれど、カガリはアスランを逃すことはしなかった。

「こんなお前を置いて・・オーブに帰れるはずないだろっ!」

「え・・」

予想外のカガリの言葉に意味が分からず、反応できないアスランを捉える琥珀色の瞳が再び潤みだす。

「もういい・・もういいんだ・・アスラン。一人で抱え込まなくていいんだ」







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