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海の中なのか。それとも空中なのか。
どちらが上で、どちらが下かもわからない。
ただただ、逆らうことのできないうねりに飲み込まれていた。

それはとても怖くて。
助けて欲しいと思っても、孤独で。

うねりに翻弄される自分は無力だった。



これは、誰の苦しみ?

誰の痛み?


わたし?

それとも・・・












「リ・・」


遠い闇の向こうから、音が聞こえた。
その音の正体は、声だ。
誰かの声。

そう認識したとき、カガリの意識はゆっくりと浮上した。




「カガリ・・!」

うっすらと瞼を開けて、霞んだ視界の向こうにいるのは、赤い髪の美しい少女。

「イ・・」

フレイ。
唇はその少女の名前を形作ったはずなのに、それはほとんど音にならなかった。

「カガリ・・よかった・・」

「どう・・して・・」

顔を歪ませる親友への問いかけは掠れていたけど、今度はちゃんと音となって空気を震わせた。

「アンタ・・一週間以上意識が戻らなかったのよ・・」

意識が戻らなかった・・?
一体自分に何が起こったのだろう?

ぼんやりとそんなことを思うけど、ずっと眠っていた頭では思考はほとんど働かなかった。

「いいのよ、カガリ・・今はゆっくり休んで」

優しげなフレイの声に、カガリは再び目を閉じた。
本当はまだ光のなかにいたいけれど、カガリの身体と意識はまだ休息を求めていた。
闇のなかに戻るのは怖いけど、今はフレイが見守ってくれているから大丈夫だと、フレイの存在に安心して意識を沈ませようとしたとき。

<カガリ・・>

耳に心地いい優しい声が聞こえた。

誰よりも安心できる声。
誰よりも安心できる人の声。

濃紺の髪と翡翠色の瞳をした・・

「ア・・ス・・ラン」

その名前を口にするのと、ぼんやりとしていたカガリの意識は覚醒したのは同時だった。

「カガリ・・!」

無謀にもベッドから身体を起こそうとしたカガリを、フレイは慌てて抑えようとする。

「まだ寝てなきゃ・・」

「フレイ・・アスランは・・?」

それでもカガリは懸命に上半身を起こそうとするので、フレイは仕方なくその身体を支えてやる。

「アスランは・・」

「アスランはオノゴロに向かいました」

どこか躊躇するようなフレイの声に、凛とした声が重なった。
病室のドアに視線を向ければ、そこには以前自分を諭してくれたオレンジ色の髪をした男が立っていた。

「ハイネ」

「姫、意識が戻って安心致しました」

「どうして・・ここに・・」

彼はオクトーベルに視察に行くと言っていたはずだ。

「姫をオーブまでお連れするように仰せつかっておりますので」

「え・・?」

「姫をオーブにお返しすることになったのです」

何を言っているのか理解できないというように、カガリは琥珀色の瞳を見開いた。
そんなカガリに、ハイネは畳み掛けるように言った。

「皇子がそうご決断致しましたので」

カガリはしばらく動かなかったが、二、三度目を瞬かせてやっとハイネの言葉を飲み込めたのか、そっと俯き、目を閉じた。

「カガリ・・」

フレイが心配そうに声を掛けるも、カガリは動かない。
しばらくそのまま俯いていたカガリだったが、やがてゆっくりと言った。

「そうか・・分かった・・」

そうしてカガリは顔を上げた。
一週間の眠りから醒めたばかりで顔色は悪かったがしかし、その金色の瞳はまっすぐな光を放っていた。
まるで何かを決意したような、迷いのない目だった。


「オーブへ連れて行ってくれ・・だけど行政府じゃない・・」


そこで一呼吸おいてから、ずっと眠っていたせいで弱弱しい、だけど毅然とした声で言った。


「オノゴロの、アスランのところへ・・!」


「了解致しました」

カガリの言葉にハイネは真っ直ぐに敬礼をした。
それはアスランの命に背くことになるのに、ハイネは表情こそ崩してはいなかったが、とても嬉しそうだった。
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