羽の裂け目が背中の付け根まで到達したとき、アスランはやっと正気に戻った。

(一体俺は何を・・?)

目の前には裂けた白い羽。

「カガリっ・・!」

我に返ったアスランが慌ててうつ伏せになったカガリを覗き込むと、カガリはあまりの激痛に意識を手放していた。
顔面は蒼白で、痛みに耐えようと固く握っていたのか、手のひらが切れてシーツが血で染まっていた。

「あ・・」

アスランはこれが現実であることを確かめるように、再び無残な形になった白い羽へと視線を戻した。

(これを・・俺が・・?)

「嘘だ・・」

いくら激情にかられたとはいえ、カガリにこんな酷いことを・・

羽を裂くという行為はその昔、口を割らない被告人や、罠に陥れられ、あるいは権力者の都合で起訴された被告人に無罪の罪を認めさせる為の拷問で行われていた。
どんなに確固たる決意があろうと、屈強な精神を持った者であろうと、両の羽を裂かれれば皆その痛みに耐えきれず、自白したり罪を認めたりしたのだった。
それほどの激痛苦痛なのだ、羽根を裂くという行為は。

(そんなことを、俺がカガリに・・)

「あ・・ああ・・」

羽を裂くときにかいた汗が急速に引いていき、受け入れられない、でも自分の手が招いた目の前の現実にアスランの身体が震えだす。

「カガ・・リ・・」

カガリの纏う色が大好きだった。
金色の髪と白い羽のコントラストも、それらに反射して輝く光も。
アスランと上から名前を呼ばれて見上げると、たくさんの花を抱えて空から降りてくるカガリの白い羽が、青空に映えてどんなに美しかったか。

(それを、俺が・・)

「カガリっ!カガリっ・・!」

アスランはぐったりと意識のないカガリを抱きかかえると、部屋を飛び出した。




カガリの高熱は一週間続いた。
その間一度も目を覚ますことはなく、アスランはそんなカガリから片時も離れずに、ずっとベッドの横で見守っていた。
今は医者の診察を受けるカガリをベッドサイドの椅子に座って、緊張した面持ちで見つめている。
医者は一通りカガリを診ると、アスランを安心させる為か柔和な顔で振りむいた。

「アスラン様・・カガリ様の容体は大分よくなっています。あと三日程経てば、熱も下がって意識も戻るでしょう」

「そうか・・」

医者の言葉に、ベッドサイドの椅子に座っていたアスランは、ほっと息をついた。

縫合された羽を見れば、一週間前に比べたら大分境目が薄くなっている。

(本当に、本当によかった・・)

アスランは、安堵で思わず瞳を潤ませた。







羽を裂かれ意識を失ったカガリを抱きかかえて宿の部屋を飛び出し、アスランはすぐに街の医師のもとへ駆けこんだ。
深夜に起こされ何事かと出てきた医師は、ドアの前に立つ黒い蝶とその腕に抱かれた白い蝶を見ると目を丸くし、すぐに診察室へ通した。
それでも小さな街の大した設備もない医療場では、応急処置くらいしかできず、アスランは連れてきたザフト兵とともにユリウスへと向かった。
一番近い大都会ということだったからだが、ユリウスが医療の最先端の街でもあったのが幸いだった。
すぐにカガリは一番大きな医療場へ運び込まれ、すぐに手術が行われた。

「カガリ・・ごめん・・カガリ・・」

アスランはユリウスに向かう最中、ずっとカガリを守るように抱きしめて、うわ言のように腕のなかの少女の名と謝罪の言葉を繰り返していた。
それどころかカガリが手術室に運ばれてからも、手術室のドアの前に蹲り動かない。
まるで少しでもカガリの近くにいたいというように。
普段は冷静沈着であまり感情の出さないアスランのその様子にザフト兵たちは驚きつつつも、あまりの痛々しさに声を掛けることもできずに皆俯いていた。
それでも知らせを受けてアプリリウス駆け付けてきた二コルが到着すると、彼はアスランの打ちひしがれた様子に一瞬言葉を無くしたものの、アスランを何とか手術室の前の椅子に座らせた。
羽の縫合は大手術だ。難しいし何より時間がかかる。
だから二コルは本当は手術のあいだアスランに休息を取ってもらいたかった。
アスランはカガリが逃げた日からほとんど睡眠を取らず、血眼で彼女を探していたのだ。
いくら類まれな身体能力を持つアスランとはいえ、身体は悲鳴をあげているはずなのに。

「カガリ・・カガリ・・」

しかし一心にカガリの名を呼ぶアスランに休息を取れなど言えなかった。
恐らく彼は自分の命より何より、白い蝶の姫のほうがずっと大切なのだろうから。

「アスラン・・カガリ姫は大丈夫ですよ。祈りましょう」

きっと自分の声など聞こえてはいないと思いながらも、二コルは優しくそう言って、アスランと手術が終わるのを待った。
そしてようやく手術が終わったのは、カガリが手術室に運ばれてから6時間が経過した頃だった。




「カガリのっ・・カガリの羽は治るのかっ?!」

手術室から出てきた医者に、アスランは掴みかかった。
腕を掴んでくる力と、鬼気迫ったアスランの様子に医者がたじろぎ、二コルが慌ててアスランの肩を叩く。

「アスラン、落ち着いてください。先生は長い手術を終えられたばかりなんですよ」

二コルの言葉ではっと我にかえり、アスランはゆっくりと医師から手を放した。
それでも冷静になることなど不可能で、切羽詰まった表情で医師を見つめた。

「羽の縫合は、何とか上手くいきました」

自分に掴みかかってきたアスランの剣幕にひるんだ医師だったが、体勢を立て直すと疲労の滲んだ、でも穏やかな声でそう言った。

「しばらくは高熱が続き意識も戻りませんが、羽は元に戻ります。半年もすれば境目も見えなくなるでしょう」

「あ・・ああ・・」

医師の言葉にアスランの身体から力が抜けて、思わず床に膝をついて蹲る。

「よ・・かった・カガリ・・よかった・・」

目頭が熱くなり、あとからあとから涙が溢れ、医療所の床を濡らす。

カガリのあの美しい羽が元に戻る・・
良かった・・本当に良かった・・

「う・・うう・・」

あんなに美しいものが、なくなってしまわなくて、よかった・・


「アスラン・・カガリ姫に会いに行きましょう」

ニコルがそう言うまで、アスランはその場から動くことはできなかった。
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