鎖
※残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意下さい。
黒い蝶の皇子の登場に、ザフト兵達は剣をかまえたまま道をあけ、アスランはゆっくりと二人の前までやってきた。
「ア・・」
アスランの薄い唇は弧を描き、彼は笑みを浮かべていた。
だけどアスランから発せられる気は禍々しい程黒くて、ほんの少し前まで話題にしていた人物の登場に、シンとカガリは肉食動物を前にした小動物のように動けなくなってしまった。
アスランはそんな二人を笑みを浮かべたまま、だけど恐ろしいほど冷ややかな目で見おろして、嘲るように言った。
「シン、お前もなかなかやるじゃないか。まさかこんなことをするとはな」
「アスラン!」
「人の愛人を横取りしようとは、いつまでも子供だと思っていたが、いつのまにか成長していたらしい」
アスランがクイと顎を上げると、周りにいたザフト兵たちがシンを拘束する。
「シン!」
「連れて行け」
アスランの命により、ザフト兵たちがシンを部屋の外に連行していく。
「アスラン待って!カガリはっ・・」
シンはザフト兵たちから逃れようともがくも、逃げる気はなかった。
アスランに見つかったのなら、それは不可能なことだし、何よりもうオーブへの旅はカガリ本人の意思により続ける必要がなくなったのだ。
自分たちがこうなってしまったのは気持ちの行き違いが原因だということを知って、アスランに会いたいと言ったカガリの前に絶妙なタイミングで現れたアスラン。
だからここで互いの気持ちを曝け出して、分かりあって欲しいと思う。
しかし今のアスランが醸し出す雰囲気は尋常ではなかった。
(駄目だ・・!あれじゃあ、きっと・・!!)
まともに話などできやしないと、本能的にそう悟った。
「アスランっ・・カガリのっ・・!」
逃げたいのではない、何とかしたかった。
拘束するザフト兵たちを振り切ろうともがくも、もはやアスランの視界に映ることなく、シンはそのまま部屋の外に連れて行かれてしまった。
部屋の外に連行されるシンを、カガリは何をできずに見ていることしかできず、室内にはアスランとカガリだけが残された。
(どうしよう・・!シンが・・!)
このあとのシンの処遇を考えるだけで、カガリの肩が震える。
自分の甘さのせいでシンを巻き込んでしまった。
それでシンが罰を受けるなど、カガリには耐えられないことだった。
「アスランお願い!シンは関係ないっ!私が無理を言ってついてきてもらっただけだ!」
「人の心配をしている場合か・・?」
「あ・・」
何とかシンを許してもらおうとしたカガリだったが、頭上から降ってきた重く冷えた声に、喉を詰まらせてしまった。
「捕まったらどうなるか分かってて、それを覚悟の上で逃げたんだよな」
アスランの唇は相変わらず薄い弧を描いている。
だけど、その深い緑の色をした瞳の奥は笑ってはいない。
怖い。
彼の内にある怒りが一体どれほどのものか想像して、カガリは本能的な恐怖を感じた。
今部屋を満たしている静寂も嵐の前の静けさだ。
だけどアスランをこうまで怒らせてしまったのはカガリなのだ。
優しく生真面目な彼を傷つけてしまったのも、またカガリの浅はかさで。
今なら分かる。
アスランがどんなに苦しんでいたか。
その暗い瞳の奥には、傷ついてボロボロになった本当のアスランがいるのだと。
だから彼の痛みも自分の苦しみも、全部曝け出して分かり合いたい、分かち合いたいとカガリは思った。
「待って・・アスラン・・私っ」
「黙れ…」
「私、お前と話したくてっ・・だから・・」
「黙れっ!!」
しかしアスランはカガリの髪の毛を鷲掴みにすると、そのままベッドに引きずっていき、うつぶせに引き倒した。
「ううっ・・!」
勢いよくベッドに叩きつけられ、カガリは悲鳴をあげるも、顔はシーツに押し付けられ、それはくぐもったうめき声にしかならない。
「よくも・・よくも・・!!カガリッ・・」
必死に体内で留めていた怒りがついに抑えきれなくなったようような、先ほどの冷ややかな声とは違う、怒りを露わにした熱の籠ったアスランの声。
「待ってっ・・!待ってアスランっ!」
突っ伏した顔を捻ってカガリはアスランを見やるも、そこにあるのは怒りと激情に支配され歪んだ彼の顔。
「許さない・・許すものか・・絶対に!」
「お願いっ!聞いて・・私、お前にっ・・話したいことっ・・ううっ・・」
アスランと話がしたい。
歪んでしまった二人の関係は、一つのほつれが解けたなら、するすると怒りも憎しみもほどけていくはずだから。
そんなカガリの心境などもちろんアスランは知るはずもなく、身体をゆすって暴れるカガリを容赦なく押さえつける。
カガリにしてみれば、アスランの心情を知った今、何とか和解したくて渾身の力で彼の拘束から逃れようとするも、それはアスランの怒りを増大させるだけで。
「俺から逃げたら許さないと、あれだけ教えたのに、よくも・・!!」
「待って!聞いてアスランっ!逃げたことはっ・・謝る・・から!」
言いようのない激しい怒りに捉われて、会話をするどころか、アスランの耳にはカガリの声など届いていないようだった。
「アスランっ・・私・・聞いたんだ!お前がっ・」
「こんなものがあるからか・・?」
「ああっ?!」
ふとアスランはあるものに目を留め、ポツリと独り言のようにつぶいて、それにゆっくりと触れた。
その瞬間にカガリの身体がぶるりと震える。
アスランが触れたもの、それはオーブの姫の象徴でもある、カガリの美しい白い羽だった。
「こんなものが・・あるから、お前は・・」
アスランは羽に触れる手はそのままに、カガリに覆いかぶさっていた上半身を起こした。
「ア・・アスラン?何をっ」
カガリが困惑に満ちた琥珀を彼に向けると、そこにあったのは狂気をはらんだ翡翠。
「なくなればいい・・こんなもの・・」
そうつぶやくと、アスランは羽をつまんだ両の指先に力を込め、ゆっくりと引き裂き始めた。
「あっ!!うああああああああぁぁ――――!!!」
同時にカガリの悲鳴というよりは絶叫が、狭い客室に響き渡った。
それは今まで経験したことのない、身を切るような鋭い痛みだった。
「アスランっ!!やめてっ痛い!やめて・・死んじゃうっ!!痛・・いっ!」
想像を絶する痛みに何とかアスランの手から逃れようと死にもの狂いで暴れたカガリだったが、再びアスランの身体に押さえつけられ、アスランは無慈悲にその行為を続ける。
カガリは暴れて痛みを発散することもできず、ただこの痛みに耐えることしかなくなってしまった。
「く…う…」
カガリは歯をくいしばり、シーツをきつく握って、渾身の力で激痛に耐える。
「う・・ぐ・・」
あまりの痛みに、涙を流すこともできない。
涙を流したら身体が緩んで、きっとこの痛みに耐えられない気がした。
「く…」
脂汗が背中に額に流れた。
死んでしまうような気がした。
いや死んでしまったほうが楽なのかもしれない。
カガリが味わっているのは、それほどの痛みだった。
白く繊細な羽は薄いけれども固くて、かなりの力を込めないと引き裂くことはできない。
それでもアスランが渾身の力を込めると、ゆっくりとゆっくりと羽は裂けていき、アスランの額にも汗が流れる。
かなりの力を使うその行為は段々とアスランの思考を奪っていき、いつしかそれはひとつの作業のようなものになった。
忌々しいオーブの象徴である白い羽など無くなればいい。
ただそれだけの想いの為に行われる作業だった。
他のことなど一切考える隙間もなく、ただただ白い羽を裂くのだということで頭がいっぱいで、無心でそれを行った。
*
黒い蝶の皇子の登場に、ザフト兵達は剣をかまえたまま道をあけ、アスランはゆっくりと二人の前までやってきた。
「ア・・」
アスランの薄い唇は弧を描き、彼は笑みを浮かべていた。
だけどアスランから発せられる気は禍々しい程黒くて、ほんの少し前まで話題にしていた人物の登場に、シンとカガリは肉食動物を前にした小動物のように動けなくなってしまった。
アスランはそんな二人を笑みを浮かべたまま、だけど恐ろしいほど冷ややかな目で見おろして、嘲るように言った。
「シン、お前もなかなかやるじゃないか。まさかこんなことをするとはな」
「アスラン!」
「人の愛人を横取りしようとは、いつまでも子供だと思っていたが、いつのまにか成長していたらしい」
アスランがクイと顎を上げると、周りにいたザフト兵たちがシンを拘束する。
「シン!」
「連れて行け」
アスランの命により、ザフト兵たちがシンを部屋の外に連行していく。
「アスラン待って!カガリはっ・・」
シンはザフト兵たちから逃れようともがくも、逃げる気はなかった。
アスランに見つかったのなら、それは不可能なことだし、何よりもうオーブへの旅はカガリ本人の意思により続ける必要がなくなったのだ。
自分たちがこうなってしまったのは気持ちの行き違いが原因だということを知って、アスランに会いたいと言ったカガリの前に絶妙なタイミングで現れたアスラン。
だからここで互いの気持ちを曝け出して、分かりあって欲しいと思う。
しかし今のアスランが醸し出す雰囲気は尋常ではなかった。
(駄目だ・・!あれじゃあ、きっと・・!!)
まともに話などできやしないと、本能的にそう悟った。
「アスランっ・・カガリのっ・・!」
逃げたいのではない、何とかしたかった。
拘束するザフト兵たちを振り切ろうともがくも、もはやアスランの視界に映ることなく、シンはそのまま部屋の外に連れて行かれてしまった。
部屋の外に連行されるシンを、カガリは何をできずに見ていることしかできず、室内にはアスランとカガリだけが残された。
(どうしよう・・!シンが・・!)
このあとのシンの処遇を考えるだけで、カガリの肩が震える。
自分の甘さのせいでシンを巻き込んでしまった。
それでシンが罰を受けるなど、カガリには耐えられないことだった。
「アスランお願い!シンは関係ないっ!私が無理を言ってついてきてもらっただけだ!」
「人の心配をしている場合か・・?」
「あ・・」
何とかシンを許してもらおうとしたカガリだったが、頭上から降ってきた重く冷えた声に、喉を詰まらせてしまった。
「捕まったらどうなるか分かってて、それを覚悟の上で逃げたんだよな」
アスランの唇は相変わらず薄い弧を描いている。
だけど、その深い緑の色をした瞳の奥は笑ってはいない。
怖い。
彼の内にある怒りが一体どれほどのものか想像して、カガリは本能的な恐怖を感じた。
今部屋を満たしている静寂も嵐の前の静けさだ。
だけどアスランをこうまで怒らせてしまったのはカガリなのだ。
優しく生真面目な彼を傷つけてしまったのも、またカガリの浅はかさで。
今なら分かる。
アスランがどんなに苦しんでいたか。
その暗い瞳の奥には、傷ついてボロボロになった本当のアスランがいるのだと。
だから彼の痛みも自分の苦しみも、全部曝け出して分かり合いたい、分かち合いたいとカガリは思った。
「待って・・アスラン・・私っ」
「黙れ…」
「私、お前と話したくてっ・・だから・・」
「黙れっ!!」
しかしアスランはカガリの髪の毛を鷲掴みにすると、そのままベッドに引きずっていき、うつぶせに引き倒した。
「ううっ・・!」
勢いよくベッドに叩きつけられ、カガリは悲鳴をあげるも、顔はシーツに押し付けられ、それはくぐもったうめき声にしかならない。
「よくも・・よくも・・!!カガリッ・・」
必死に体内で留めていた怒りがついに抑えきれなくなったようような、先ほどの冷ややかな声とは違う、怒りを露わにした熱の籠ったアスランの声。
「待ってっ・・!待ってアスランっ!」
突っ伏した顔を捻ってカガリはアスランを見やるも、そこにあるのは怒りと激情に支配され歪んだ彼の顔。
「許さない・・許すものか・・絶対に!」
「お願いっ!聞いて・・私、お前にっ・・話したいことっ・・ううっ・・」
アスランと話がしたい。
歪んでしまった二人の関係は、一つのほつれが解けたなら、するすると怒りも憎しみもほどけていくはずだから。
そんなカガリの心境などもちろんアスランは知るはずもなく、身体をゆすって暴れるカガリを容赦なく押さえつける。
カガリにしてみれば、アスランの心情を知った今、何とか和解したくて渾身の力で彼の拘束から逃れようとするも、それはアスランの怒りを増大させるだけで。
「俺から逃げたら許さないと、あれだけ教えたのに、よくも・・!!」
「待って!聞いてアスランっ!逃げたことはっ・・謝る・・から!」
言いようのない激しい怒りに捉われて、会話をするどころか、アスランの耳にはカガリの声など届いていないようだった。
「アスランっ・・私・・聞いたんだ!お前がっ・」
「こんなものがあるからか・・?」
「ああっ?!」
ふとアスランはあるものに目を留め、ポツリと独り言のようにつぶいて、それにゆっくりと触れた。
その瞬間にカガリの身体がぶるりと震える。
アスランが触れたもの、それはオーブの姫の象徴でもある、カガリの美しい白い羽だった。
「こんなものが・・あるから、お前は・・」
アスランは羽に触れる手はそのままに、カガリに覆いかぶさっていた上半身を起こした。
「ア・・アスラン?何をっ」
カガリが困惑に満ちた琥珀を彼に向けると、そこにあったのは狂気をはらんだ翡翠。
「なくなればいい・・こんなもの・・」
そうつぶやくと、アスランは羽をつまんだ両の指先に力を込め、ゆっくりと引き裂き始めた。
「あっ!!うああああああああぁぁ――――!!!」
同時にカガリの悲鳴というよりは絶叫が、狭い客室に響き渡った。
それは今まで経験したことのない、身を切るような鋭い痛みだった。
「アスランっ!!やめてっ痛い!やめて・・死んじゃうっ!!痛・・いっ!」
想像を絶する痛みに何とかアスランの手から逃れようと死にもの狂いで暴れたカガリだったが、再びアスランの身体に押さえつけられ、アスランは無慈悲にその行為を続ける。
カガリは暴れて痛みを発散することもできず、ただこの痛みに耐えることしかなくなってしまった。
「く…う…」
カガリは歯をくいしばり、シーツをきつく握って、渾身の力で激痛に耐える。
「う・・ぐ・・」
あまりの痛みに、涙を流すこともできない。
涙を流したら身体が緩んで、きっとこの痛みに耐えられない気がした。
「く…」
脂汗が背中に額に流れた。
死んでしまうような気がした。
いや死んでしまったほうが楽なのかもしれない。
カガリが味わっているのは、それほどの痛みだった。
白く繊細な羽は薄いけれども固くて、かなりの力を込めないと引き裂くことはできない。
それでもアスランが渾身の力を込めると、ゆっくりとゆっくりと羽は裂けていき、アスランの額にも汗が流れる。
かなりの力を使うその行為は段々とアスランの思考を奪っていき、いつしかそれはひとつの作業のようなものになった。
忌々しいオーブの象徴である白い羽など無くなればいい。
ただそれだけの想いの為に行われる作業だった。
他のことなど一切考える隙間もなく、ただただ白い羽を裂くのだということで頭がいっぱいで、無心でそれを行った。
*