鎖
「アスラーン!!」
長い廊下に低めのアルトの音が響いて、アスランは顔を上げた。
軽快な足音とともに視界に入ったのは、金髪の髪を揺らして走ってくる少女。
「カガリ!」
アスランは嬉しそうにその少女の名を呼ぶ。
「ここにいたのか!」
はあはあと軽く息を乱して、カガリがアスランの前までやってきた。
「ごめん。デュランダルに呼ばれていて。」
ごめんと言いつつ、カガリが自分を探してくれていたと思うと嬉しくて、アスランの頬が自然とゆるむ。
「政治の話か?」
カガリはそんなアスランの様子には気が付かず、膝に手をついて呼吸を整えていた。
「まあね。そんなに大したことではないけど。それよりカガリ、どうしたんだ?」
「ああ、デビュタントボールの打ち合わせと練習をやるから、探してたんだ」
そう言ってカガリが顔を上げた。
「パートナーがいないんじゃ、何にもできないからな」
デビュタントボール。
それはプラントで三年に一度開かれる舞踏会だ。
この舞踏会は少年少女の社交界デビューの場であり、15歳から18歳までの良家の子息子女のみが参加できる。
当然この国の王子であるアスランと、オーブの姫であるカガリも出席する。
カガリがプラントへやってきてから7年。
アスランとカガリは17歳になっていた。
「あ~あ、ダンス踊りたくないな・・」
「大丈夫だ、前より上達しているし、それにちゃんと俺がカガリをリードするから」
二人並んで渡り廊下を歩きながら、嫌そうに顔をしかめるカガリに、アスランは優しく語りかける。
デビュタントボールでのダンスのパートナーは前もって決まっている。
当人同士が誘い合ってパートナーを決める場合もあるが、大抵はデビュタントボールの運営側か周りのものが決める。
アスランとカガリの場合はそれぞれ王子と姫という立場であったので、最初からパートナーを組むことが決まっていた。
「お前とパートナーを組んでから、やけに女の子達からの視線を感じて、やりにくいぞ」
アスランの言葉にカガリが身体を強張らせた。
「視線って?」
「なんかやたら睨まれるんだ!お前、何か女の子達を怒らせるようなこと、したんじゃないのか?」
カガリが斜め下からアスランを軽く睨みつける。
「覚えがないな・・。でも、カガリ。じゃあカガリは俺とパートナー組むの、嫌か?」
「そんなことは言っていない。むしろお前はダンス上手だから、すごく助かる」
カガリは嬉しそうに微笑んだけれど、その言葉はアスランの望むものとは少し違っていた。
「だけどお前は涼しい顔して、何であんな上手に踊れるんだよ」
ぶつぶつ文句を言うカガリから視線を逸らして、アスランは小さくため息をついた。
全く伝わっていない、自分の気持ち。
自分はカガリとパートナーが組めて、嬉しくて嬉しくてしょうがないのに。
カガリに出会ったその日からずっと胸に抱いてきた想い。
恥ずかしくて口に出すことはできないけれど、周りの者いわくバレバレらしい。
自分では分からないが、おそらく態度に出てしまっているのだろう。
「そんなつもりはなかったが・・」
「涼しい顔してるぞ!私は必死で汗だくなのに!」
独り言だったのだが、微妙に会話がかみ合ってしまって、アスランは吹き出した。
「何で笑うんだよ!」
「いや、失礼。あんまりないんでね、こういうことは。タイミングがいいというか・・」
「ごまかすなよ。今日ダンスでお前の足踏んづけるぞ」
「ごめん。早く行こう。シン達が待っているんだろう」
むくれるカガリに視線を投げて、アスランが歩みを速めた。
今はこれでいい。
自分の気持ちにカガリが気づいていなくても、カガリが自分の傍にいてくれて、こうして笑い合える。
それだけで、幸せなのだから。
「待てよアスラン!」
カガリが小走りでついてくるのを感じて、アスランは穏やかに微笑んだ。