鎖
床にうずくまって泣くカガリをハイネは何も言わず、シンは何も言えず、ただ黙って見つめていた。
カガリの嗚咽だけが部屋に響き続けていた。
「さて・・と、俺はそろそろ行かないとな。オクトーベルまでは結構かかるからな」
空気を換えるように、ハイネはすくっと立ち上がった。
「シン、さっきからザフトの連中がここらへんを嗅ぎまわっているぞ。早くこの街を離れたほうがいい」
「あ・・」
ハイネの切り替わりの速さにシンはたじろいだ。
あまりの展開に圧倒されて、思考がうまく働いていなかった。
ハイネはそのまま二人に背を向けドアを開き廊下に出ようとしたが、最後に言い残したことがあるとでもいう風に足をとめ、いまだにうずくまっているカガリに顔を向けた。
「私はここに姫がいることを誰にも言う気はありません。もちろん姫を捉えてアスランに引き渡そうなんてことも思ってません」
労わるのでも、甘やかすようでもない、静かな淡々とした声だった。
「これからどうするのか、それは姫がお決めください」
パタンと扉が閉じて、凛とした彼の声が部屋に残った。
部屋には何とも言えない空気が充満していた。
嗚咽は大分収まったようだが、それでもうずくまったまま動かないカガリに、何と声を掛けていいか分からなかったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
シンは恐る恐るカガリに近づいた。
「カガリ・・あの・・」
「シン・・すまない・・」
泣きすぎて声が枯れてしまったのか、カガリから返ってきたのは掠れた声だったが、そこには一本の軸のような決意が含まれていた。
その声音にシンは、カガリの次の言葉を予想できてしまって、果たしてそれは当たっていた。
「わたし・・アスランに会いたい」
カガリがゆっくり顔を上げる。
泣き腫らして真っ赤になった顔は涙でぐしゃぐしゃで、顔周りの髪が頬に張り付いていた。
「私を助けてくれて、ここまで付き合ってくれたお前に、何て謝ればいいか分からない・・」
「カガリ・・」
「だけどちゃんと・・アイツと話したいんだ」
カガリの瞳がまっすぐにシンに向けられた。
金色の瞳は充血して真っ赤だったけれど、強い光を宿していた。
そこから放たれる強くまっすぐな光に、シンはカガリが決心してしまったのだと悟る。
「何で・・」
泣きはらして、今だって力を抜いたら泣きそうな顔をしているのに、もうそんな覚悟をしているカガリに居たたまれない気持ちになる。
「本当にすまないと思う。お前を巻き込んでおいて・・。でも・・」
「だけどカガリ!アスランのところに戻ったら、また・・!」
縋るような想いでシンはカガリの肩を掴んだ。
その細い肩の感触で、カガリを抱きしめたときの、彼女身体の柔らかさを思い出す。
それと同時に、北の塔から脱出するときに見た、カガリが捉われていた部屋におかれた広いベッドも。
アスランのところに戻ったら、またあそこでカガリは・・
それはもはやシンには耐えられないことだった。
「もう取り返しがつかないかもしれない。でも・・このままじゃダメだ」
「だけどっ・・!」
「ごめんシン!・・私はアスランとちゃんと向きあいたんだっ!」
「カガリ・・」
泣きそうな顔で訴えてくるカガリに、シンも泣きたくなった。
別に裏切られたとは思わなかったが、ただ悲しかったのだ。
手に入るかもしれないという淡い期待を持たせておいて、結局はアスランのところにいってしまうカガリが。
二人の間にはどうしたって自分が入り込めないことが。
シンだって、アスランとカガリの歪んでしまった関係は何とかするべきだと思う。
二人の想いが、心がすれ違ってしまっただけの話なのだから。
でもだからといって自分たちが今までやってきたことは全部無駄なことだったのだろうかと思うと、それを認めるのは苦しかった。
自分は一体どうすればいいのだろう。
カガリの訴えをきいてやるべきなのか、それとも―――
そのとき、不意に部屋の外がざわついた。
「っ?!」
瞬時にシンとカガリの身体が固まる。
慌ただしい足音と、宿主だろうか、誰かの叫ぶ声が聞こえる。
『さっきからザフトの連中がここらへんを嗅ぎまわっているぞ。早くこの街を離れたほうがいい』
ハイネの言葉がシンの脳裏に蘇る。
もたもたしていないで、早く逃げればよかったと思うも、後の祭りだった。
バタバタと走る何人もの足音がどんどん近づいてくる。
5、いや6人か・・!
ちくしょう!
シンは目線を落として怯えたように固まっているカガリの姿を見とめると、その身体を強く抱きしめて、同時に覚悟を決めた。
応戦するしかない・・!
バタンという大きな音と共にドアが蹴破られ、剣をかまえたザフト兵たちが姿を現した。
数は6人。
予想通り特殊訓練を受けたザフトの諜報部隊だった。
しかしシンも剣の実力なら彼らに負けない自信がある。
多勢に無勢だが、カガリを逃がすだけの隙をつけば・・!
そう思って、腰にさした長剣に手を伸ばしたときだった。
「よくもまあ、二人ともやってくれたじゃないか」
聞こえてきたその声に、シンとカガリはビクリと身を震わせた。
まさか・・そんな・・
彼がこんなところまで来るはずがないと思いつつも、その声はまさしく彼のもので。
そしてその予想どおり、ゆっくりとドアの前に現れたのは、アスラン・ザラその人だった。