鎖
「アスランはオーブに攻め入ったりなんかしていませんよ」
「え・・?」
重苦しい空気のなか発せられたハイネの言葉にカガリは顔をあげた。
彼の言葉に虚を突かれたが、すぐにそんなはずはないと心のなかでかぶりを振った。
ハイネがこの場で嘘をつくとは思えなかったが、その言葉を信じることのほうができなかった。
「嘘だ!だってあいつはオノゴロを焼くと・・!」
「やはりアスランは、姫に真実を話してはいなかったのですね」
カガリの言葉にハイネは表情を曇らせた。
憂いの含まれたその表情と彼の言葉に、カガリの心臓がドクンと鳴った。
嫌な予感がした。
その先を知ってしまったら、今まで築き上げたものが、根底から崩されるような、そんな気がした。
だけど、聞かずにはいられない。
「真実って・・何のことだ・・?何の話だ・・?」
「姫のおっしゃる通り、ザフトではオノゴロで大規模作戦を行うべきだと意見は一致していました。それが一番手っ取り早く戦争を終わらせる方法ですから」
悲しげに、それでも淡々と言葉を紡ぐハイネを、カガリは呼吸することも忘れて、凍り付いたように見つめていた。
「ですが、アスランは頑としてそれを認めませんでした。それどころか一度たりともオーブへの攻撃命令すらを出しませんでした。おかげでザフトは防戦に撤するだけで・・」
「嘘だっ!!」
最後まで聞くことはできずに、カガリは途中でハイネの言葉を遮った。
何故ならそれはカガリにとって、どうしたって信じられない話だったからだ。
だが今カガリを支配するのは、嘘をつかれたことに対する怒りや憤りではなく、激しい動揺だった。
「嘘だ嘘だ!!だってあいつは私に言ったんだぞ!!オノゴロを焼くと!!相当な激戦になるから覚悟していると!!」
それはほとんど叫びだった。
そうであって欲しいと縋る様な。
「何でアスランが姫に嘘をついたのか、私には分かりません。けどアスランはどんなに非難されようと、絶対にオノゴロを攻撃することを許しませんでした」
「そんな・・そんなはずは・・!」
「オノゴロを落とすのが、この戦争に勝つための絶対条件だなんて、アスランだってよく解っているはずなのですがね。というか、馬鹿でも分かる」
ハイネは自嘲めいた笑みを浮かべると、傍に立っていたシンに顔を向けた。
「シン、お前ずっと姫と一緒にいて、何で話さなかったんだよ。赤服じゃないとはいえ、お前だって今の戦況を知らないはずないだろう」
「だって・・」
シンは何か言おうとしたが、彼には珍しくすぐに口ごもってしまった。
シンも動揺していたのだ。
だがそれはプラントがオーブを、ましてはオノゴロを攻撃していないのを、カガリが知らなかったことに対してだった。
確かにカガリにプラントとオーブの戦闘状況を聞かれた際に曖昧に答えたが、それは実際に戦況が全く進んでいなかったからで、わざとではない。
シンだってアスランがカガリに偽りの情報を与えていたなんて知る由もないことなのだから。
「ほんとう・・なのか・・」
何も答えられないシンの様子に、カガリはついにハイネの言葉が本当なのだと理解した。
それと同時にカタカタと身体が震えだす。
「どうして・・」
「それは先ほど申し上げたとおり、私には分かりません。ですが、姫ならお分かりになるのではないですか」
「私なら・・?」
「はい。10年間アスランの隣にいた姫なら、何故アスランが頑なにオーブを焼くのを拒んだのか、お分かりになるのではないですか」
―――カガリ
瞬間、優しく自分を呼ぶアスランの声が聞こえた。
声だけではない。
優しいアスランの笑顔、慈しんでくれるような優しい眼差し。
そして深い湖のような緑色の綺麗で優しい瞳。
「あっ・・」
それらを思い出したなら、もう駄目だった。
ベッドに座っていることもできず、カガリは床に倒れこむように膝をついた。
涙が堰をきったように溢れだし、止めることができない。
途切れることなくカガリの頬に涙が滑り落ちていく。
アスランは昔から、カガリが嫌がることは、絶対にしなかった。
―――カガリ、俺の傍にいて・・
それは、意識が闇に落ちる瞬間に聞いた言葉だったのだろうか。
はたまた意識が夢と現実を漂っているときだっただろうか。
いや、きっと両方だ。
彼は何度もそう言っていたはずだから。
意識がほとんど闇に捉われかけたときの聞いていた言葉だから、今の今まで思い出せなかっただけで。
だけど一度思い出してしまえば、その胸がつぶれるくらい切ないその声を、何度だって頭のなかで響かせることができた。
アスランは・・アスランは・・
「あっ・・ああ・・ううっ・・」
カガリは溢れる涙をぬぐうこともせず、自らの身体を抱きしめる。
泣きすぎて息が苦しいけど、どうしたって止めることなどできない。
アスランは何も変わっていなかったのだ。
真面目で優秀で、だけどとても不器用な・・
それはカガリのよく知っているアスランだった。
私が気付いてあげられなかっただけで・・
どうしてだろう。
どうして気が付いてあげられなかったのだろう。
アスランのことはよく知っていたはずなのに。
アスランの抱える苦しみを思うと、またそれに気付くことができなかった自分が情けなくて、カガリはひたすら涙を流し続けた。
「今のアスランは苦しそうで見ていられません。非難や中傷の渦のなかザフトで孤立して、苦しみも辛さも一人で抱え込もうとしている」
頭上から降ってくるハイネの言葉を、大粒の涙を流しながらもカガリはちゃんと聞いていた。
そしてますます身を震わせる。
そうなのだ。
そういう人なのだ、アスランは。
すぐに自分の殻に閉じこもって、一人で全部背負い込もうとする。
昔からそうだった。
今もまた、そうやって苦しんでいるのかと思うと、カガリの胸は張り裂けるように痛んだ。
その苦しみを取り除いてやりたかった。
半分でもいいから、自分が変わりに受け取ってやりたいと思った。
「彼を救えるのは、姫だけです」
震え続けるカガリにハイネは静かに、けれどはっきりとそう言った。
「え・・?」
重苦しい空気のなか発せられたハイネの言葉にカガリは顔をあげた。
彼の言葉に虚を突かれたが、すぐにそんなはずはないと心のなかでかぶりを振った。
ハイネがこの場で嘘をつくとは思えなかったが、その言葉を信じることのほうができなかった。
「嘘だ!だってあいつはオノゴロを焼くと・・!」
「やはりアスランは、姫に真実を話してはいなかったのですね」
カガリの言葉にハイネは表情を曇らせた。
憂いの含まれたその表情と彼の言葉に、カガリの心臓がドクンと鳴った。
嫌な予感がした。
その先を知ってしまったら、今まで築き上げたものが、根底から崩されるような、そんな気がした。
だけど、聞かずにはいられない。
「真実って・・何のことだ・・?何の話だ・・?」
「姫のおっしゃる通り、ザフトではオノゴロで大規模作戦を行うべきだと意見は一致していました。それが一番手っ取り早く戦争を終わらせる方法ですから」
悲しげに、それでも淡々と言葉を紡ぐハイネを、カガリは呼吸することも忘れて、凍り付いたように見つめていた。
「ですが、アスランは頑としてそれを認めませんでした。それどころか一度たりともオーブへの攻撃命令すらを出しませんでした。おかげでザフトは防戦に撤するだけで・・」
「嘘だっ!!」
最後まで聞くことはできずに、カガリは途中でハイネの言葉を遮った。
何故ならそれはカガリにとって、どうしたって信じられない話だったからだ。
だが今カガリを支配するのは、嘘をつかれたことに対する怒りや憤りではなく、激しい動揺だった。
「嘘だ嘘だ!!だってあいつは私に言ったんだぞ!!オノゴロを焼くと!!相当な激戦になるから覚悟していると!!」
それはほとんど叫びだった。
そうであって欲しいと縋る様な。
「何でアスランが姫に嘘をついたのか、私には分かりません。けどアスランはどんなに非難されようと、絶対にオノゴロを攻撃することを許しませんでした」
「そんな・・そんなはずは・・!」
「オノゴロを落とすのが、この戦争に勝つための絶対条件だなんて、アスランだってよく解っているはずなのですがね。というか、馬鹿でも分かる」
ハイネは自嘲めいた笑みを浮かべると、傍に立っていたシンに顔を向けた。
「シン、お前ずっと姫と一緒にいて、何で話さなかったんだよ。赤服じゃないとはいえ、お前だって今の戦況を知らないはずないだろう」
「だって・・」
シンは何か言おうとしたが、彼には珍しくすぐに口ごもってしまった。
シンも動揺していたのだ。
だがそれはプラントがオーブを、ましてはオノゴロを攻撃していないのを、カガリが知らなかったことに対してだった。
確かにカガリにプラントとオーブの戦闘状況を聞かれた際に曖昧に答えたが、それは実際に戦況が全く進んでいなかったからで、わざとではない。
シンだってアスランがカガリに偽りの情報を与えていたなんて知る由もないことなのだから。
「ほんとう・・なのか・・」
何も答えられないシンの様子に、カガリはついにハイネの言葉が本当なのだと理解した。
それと同時にカタカタと身体が震えだす。
「どうして・・」
「それは先ほど申し上げたとおり、私には分かりません。ですが、姫ならお分かりになるのではないですか」
「私なら・・?」
「はい。10年間アスランの隣にいた姫なら、何故アスランが頑なにオーブを焼くのを拒んだのか、お分かりになるのではないですか」
―――カガリ
瞬間、優しく自分を呼ぶアスランの声が聞こえた。
声だけではない。
優しいアスランの笑顔、慈しんでくれるような優しい眼差し。
そして深い湖のような緑色の綺麗で優しい瞳。
「あっ・・」
それらを思い出したなら、もう駄目だった。
ベッドに座っていることもできず、カガリは床に倒れこむように膝をついた。
涙が堰をきったように溢れだし、止めることができない。
途切れることなくカガリの頬に涙が滑り落ちていく。
アスランは昔から、カガリが嫌がることは、絶対にしなかった。
―――カガリ、俺の傍にいて・・
それは、意識が闇に落ちる瞬間に聞いた言葉だったのだろうか。
はたまた意識が夢と現実を漂っているときだっただろうか。
いや、きっと両方だ。
彼は何度もそう言っていたはずだから。
意識がほとんど闇に捉われかけたときの聞いていた言葉だから、今の今まで思い出せなかっただけで。
だけど一度思い出してしまえば、その胸がつぶれるくらい切ないその声を、何度だって頭のなかで響かせることができた。
アスランは・・アスランは・・
「あっ・・ああ・・ううっ・・」
カガリは溢れる涙をぬぐうこともせず、自らの身体を抱きしめる。
泣きすぎて息が苦しいけど、どうしたって止めることなどできない。
アスランは何も変わっていなかったのだ。
真面目で優秀で、だけどとても不器用な・・
それはカガリのよく知っているアスランだった。
私が気付いてあげられなかっただけで・・
どうしてだろう。
どうして気が付いてあげられなかったのだろう。
アスランのことはよく知っていたはずなのに。
アスランの抱える苦しみを思うと、またそれに気付くことができなかった自分が情けなくて、カガリはひたすら涙を流し続けた。
「今のアスランは苦しそうで見ていられません。非難や中傷の渦のなかザフトで孤立して、苦しみも辛さも一人で抱え込もうとしている」
頭上から降ってくるハイネの言葉を、大粒の涙を流しながらもカガリはちゃんと聞いていた。
そしてますます身を震わせる。
そうなのだ。
そういう人なのだ、アスランは。
すぐに自分の殻に閉じこもって、一人で全部背負い込もうとする。
昔からそうだった。
今もまた、そうやって苦しんでいるのかと思うと、カガリの胸は張り裂けるように痛んだ。
その苦しみを取り除いてやりたかった。
半分でもいいから、自分が変わりに受け取ってやりたいと思った。
「彼を救えるのは、姫だけです」
震え続けるカガリにハイネは静かに、けれどはっきりとそう言った。