鎖
カツカツとカガリの前まで歩み出て、ハイネは公の場で使うような綺麗な笑みを浮かべた。
「舞踏会以来ですね。お元気そうで何よりです」
「お前・・何しに来た」
どこか本心を隠したような笑みにカガリは睨むような琥珀の瞳で威嚇をした。
ハイネがアスランの兄のような存在で良き理解者だというのはよく知っている。
飄々とした軽い雰囲気に油断してはいけないと、カガリは身体を強張らせ、全身から拒絶のオーラを放つ。
「カガリ姫と話がしたかっただけですよ。それじゃあいけませんか」
しかしハイネはカガリの固い態度に全くひるまず、それどころか真面目な態度を崩しおどけるように言った。
「私はお前と話すことなど何もない!アスランの仲間のお前なんかと誰が話なんかするか!!出て行けよ!」
「確かに私とアスランは親しい間柄ではありますが、それだと何か姫の気にさわることでもありますか」
カガリが声を荒げても、ハイネは全く臆することなく、平然としていた。
その顔からは何の感情も読み取れない。
ペースを乱さない彼に、逆にカガリのほうが苛立ちを募らせ、感情のコントロールができなくなっていく。
「アスランが私に何をしたか知っていて、よくそんなことが言えるな!」
「それは、知っていますよ。もちろん」
「だったらよく平然と私の前にやってこれたな!アスランもアスランの周りも・・そんな最低な奴らばっかりだ!!」
怒りに燃える琥珀でカガリはハイネを睨み付け、ハイネは冷静な目でそれを真正面から受け止める。
ぶつかり合う視線。
互いに何を言わず、カガリの荒い呼吸音だけが部屋に響く。
沈黙と硬直がしばらく続いた。
しかしそれを破ったのは、どこか諭すような響きを持ったハイネの静かな声だった。
「姫・・オーブを立て直そうと思うのなら、少しは人の心を読む洞察力を身につけたほうがいい」
「何だと?!」
「この数か月、アスランがどんな思いで貴方に接していたか、考えたことはありますか?」
ハイネの言葉に、カガリは一瞬絶句した。
信じられなかったのだ。
自分がどんな目にあってきたか、ハイネは知っているはずなのに、何故そんなことが言えるのだろうかと。
もはやハイネから発せられる空気に飄々としたおどけた色は無く、冷静で静かで、カガリを諭すような雰囲気を持っていた。
何故自分が諭されなければならないのだろうか。
自分の怒りは正当性があってしごく真っ当なのに、これじゃあまるで自分が聞き分けのない子供のようじゃないか。
カガリの腹の底から新たな怒りがふつふつと湧き出てくる。
「どんな思いだと?あいつは・・無理やり捕虜にした私を好きにしたり、オーブが焼かれて泣く私の反応を楽しんでいたんだぞ!」
どんなにオーブに帰してくれと頼んでも、塔から出してくれなかったアスラン。
どんなにやめてくれと懇願してもオノゴロを攻撃すると何の痛みもなく平然と告げるアスラン。
塔で過ごした日々を思い出すと、怒りとともに、そのときの痛みがカガリの胸に蘇った。
「お前こそ信頼していた幼馴染に裏切られた私の気持ちが分かるのかよ!」
それがどれほどの痛みだったかなんて、きっとハイネには、いや皆には分かりはしない。
それなのに、どうして私が悪者みたいな、そんな目で見られなければならないのか。
憤りと悔しさでカガリの金色の瞳に涙が滲んだ。
けれどハイネはカガリの叫びには答えず、ベッドの前にしゃがみ込み、自分の目線をカガリの高さに合わせた。
「どうしてそんな風に思うのです?彼がそんな人ではないことを一番よくご存じなのは姫ではないのですか」
「あいつは変わってしまったんだ!無慈悲で非道で・・残酷な奴に!!昔のあいつはもういないんだよ!」
真っ直ぐに合わせてくるハイネの瞳から逃げるように、カガリは顔を背けた。
「私のことなんて、おもちゃみたいにしか思っていないんだ・・!」
カガリの声が震えた。
怒りと悔しさと、憤りで頭のなかがぐちゃぐちゃだった。
感情が整理できなくて、これ以上言葉を紡ぐこともできず、カガリは自分の身体を抱き締めて、ハイネは何も言わずにそんなカガリを見つめていた。
先ほどよりも重い沈黙が流れた。
「カガリ・・」
身体を丸めて身を震わすカガリに、今まで黙っていたシンが近づこうとしたが
「姫・・あまりに鈍すぎるというのは、罪になりますよ」
それはどこか労わる様なハイネの言葉に遮れらた。