鎖
激動の夜が明け朝日が昇るころ、馬車はユリウスの中心街までやってきた。
ディゼンベルから大分離れたユリウスまで来たことに安堵し、街の様子を見ようとシンは窓のカーテンを開けたのだが、馬車の窓から見えたその光景に思わず舌打ちしたくなった。
一般人に混じってザフトの軍人たちが街のあちらこちらにいたのだ。
とりあえず人通りの少なそうな裏通りに馬車を停めて、従者に街の様子を見てきてもらうことにしたのだが。
「アスカ様、やはりプラント中で姫の大々的な捜索が行われているようです」
「く・・!」
戻ってきた従者の報告はシンが当たってほしくないと思っていた予想とほとんど違わなかった。
「じゃあやっぱり・・さっきの軍人たちはザフトの諜報部隊か・・!」
早すぎる・・!
北の塔を出てまだ半日しかたっていないのに・・!
しかもまだ、早朝だぞ・・!
シンは奥歯をぎっと噛んだ。
こうなることは予想していたが、まさかこんなに早いとは思わなかったのだ。
しかし、相手はあのアスランなのだ。的確な判断をすぐに下せる、優秀な皇子。
「ユリウスの街でもかなりの数のザフト兵が、白い蝶の少女を片っ端から調べているようです」
「シン・・」
カガリの怯えたような顔に、シンは自らを叱咤した。
彼女を守ると、自分は決心したのだから。
「大丈夫だ、カガリ。ちょっと中で待ってて」
「シン?お前どこに・・?!」
「大丈夫!俺に考えがあるんだ。すぐ戻るから!」
カガリを安心させるように優しく微笑むと、シンは狭い路地を駆け出した。
「シン・・これって・・」
「着替えたか?」
「うん。でも・・」
戸惑いがちなカガリの声がして、次いでゆっくりと馬車の扉が内側から開いた。
中から出てきたのは、男物のジャケットにズボン、そしてキャスケットを深く被り、男装したカガリだった。
「やっぱり・・」
シンが感嘆したようにカガリを見る。
自分の思った通り、カガリに少年の格好はよく似合う。
「これ・・変じゃないか?」
シンの感想とは裏腹に、カガリは自分の格好に違和感があるようだった。
「全然!本当に男の子に見える!知らない人が見たら絶対女の子ってわかんないよ」
「てっめ―――!」
「あっ・・!ごめんごめん!!」
シンは慌てて謝るが、実際は彼の言うとおりで、今のカガリは本当に男の子のようだった。
だが普通の少年ではない。
キメ細かいなめらかな肌に、華奢な身体をした金髪の美少年だ。
「まあ、いいよ。じゃないと男装してる意味がないからな」
シンの言葉に一瞬激高したカガリだったが、仕方がないという風にため息をつき、その様子にシンは軽く安堵する。
男装というのはシンの案だった。
ザフトが白い蝶の姫を探していているなら、そのターゲットは少女なのだ。
だったら、白い羽を持っていても男ならば捜査の網も潜り抜けられるかもしれない。
そう思って先ほど洋服屋に向かい、そこで男物の洋服一式を購入したのだ。
フレイが持たせてくれた着替えは女物しかなかったし、シンがオーブへの旅に同行を決めたのは突然のことだったので当然着替えもなく、自分の洋服を貸すこともできなかったからだ。