鎖
何とも言えない空気が二人を包み込んだあと、カガリは話題を変えた。
「オーブとの戦争はどうなっているんだ」
一番気になっていたことだが、今までは慌ただしくて、ゆっくり聞くこともできなかった。
「ああ・・特に進展もない」
アスランへの怒りをたぎらせていたシンだったが、話題が変わって少し落ち着いたようだった。
未だ膠着状態か・・
カガリは疲弊しているはずのオーブを思い、きゅっと目を細めた。
「オノゴロへの攻撃は・・」
「まだ決まってないけど」
「そうか・・」
カガリはそれを聞くと、ほっと溜息をついて、馬車の背もたれに寄りかかった。
まだオノゴロは攻撃されていないことに安堵したが、すぐに焦燥が襲ってくる。
アスランは三日前にオノゴロ遠征に出発している。
いつオノゴロが攻撃されてもおかしくないのだ。
その前に、オーブに戻らなければ。
「シン・・オーブへは3日もあれば着くか?」
カガリはプラントに留学に来てからも、年に一度オーブへ帰省していて、いつも両国を行き来するのに大体三日くらいかかっていたから、今回も同じように考えていたが。
「それは王家の馬車に乗って、王族の為に交通規制された道を通って行った場合。普通に行けば飛ばして5日くらいかな」
「5日・・!」
今までは当たり前だったから気づかなかったが、自分の乗る馬車の外では、確かに衛兵たちが交通規制を行っていた。
それに馬車の性能に関しても、自分が普段乗っているものと一般のものが、こうも速度が違うものだとは思っていなかった。
カガリは自分の無知さが恥ずかしくなったが、それを嘆くのはまた別の機会にして、今はいかに早くオーブに行けるかということが最重要なのだ。
5日は長すぎる・・!
そんなカガリの表情を読み取ったのか、シンは追い討ちをかけるように言葉を続ける。
「それにユニウスからの移動手段だって確保できていないんだ」
この馬車で行けるのはユニウスまでで、そこから先は自分たちで馬車を借りるなりなんなりしなくてはならない。
「一週間はみといたほうがいいぞ」
「そんな・・」
「焦ったってこればかりはしょうがないからな」
「でも・・」
戦いは待ってくれない・・
カガリは辛そうに顔を歪めた。
「カガリ・・」
その様子を困ったように見ていたシンだったが、カガリを落ち着かせるように微笑んだ。
「大丈夫だ・・俺ができるだけ早くオーブに着くようになんとかするから」
「シン・・」
この少年はこんな優しい目をするのか。
自分を覗き込んでくる赤い瞳を見ながら、カガリはそんなことを思った。
横目でそっと伺った横顔は、憂いのある表情をしていた。
その儚さに、シンは数時間前に抱きつかれた時の、カガリの感触を思い出してドキンと胸が鳴った。
柔らかくて、折れてしまいそうに細い身体。
それなのに、国の為にこんなにも一生懸命で。
こんな繊細な少女が、国という大きなものに立ち向かおうとしているのかと思うと、胸がきゅうっと締め付けられる。
そんなことをしたら、壊れてしまうんじゃないかと心配になってしまうけど、カガリが決めたことなら持てる力を全て出して助けてやりたい。
それなのに・・。
シンの脳裏に浮かぶのは、自分よりもはるか先の高みにいる、緑色の瞳の従兄弟。
それなのに、アンタって人は・・
どうしてカガリを傷つけることようなことをするんだ。
許せなかった。
華奢な身体で、それでもオーブを守ろうとするカガリの心を踏みにじったアスランのことが。
俺は・・カガリを守るって決めたんだ。
彼女を傷つける全てのものから。
消え入りそうなカガリの横顔に、シンは固く誓ったのだった。