鎖
シンの引く荷車がたどり着いたのは、城のあるアプリリウスのはずれ、こじんまりとした屋敷だった。
陽も落ちて暗くなった周囲を用心深く見回して、誰もいないのを確認すると、シンはそっと荷車を開けた。
「着いたよ」
「あ・・」
狭い荷車のなか、カガリは不安そうに身体を丸めていた。
「大丈夫、上手く逃げられたみたいだ」
「本当か・・?」
シンの言葉に金色の瞳が揺れる。
脱出できたという事実が信じられないというように。
「ああ。でもあんまりぐずぐずできないから、早く」
シンはカガリを立たせると、門の戸を3回叩いた。
それをずっと待ち構えていたかのように勢いよく戸が開いた。
中にいた人物は、親友の赤い髪の少女。
「フレイっ!」
「しっ・・!早く入って」
感動の対面を後回しに、フレイに促され二人は屋敷の中に入る。
人の生活感がない無機質な空気と、あまり物のない質素な玄関。
どうやら普段は使われていない屋敷のようだ。
もう一度外を見回してから、フレイは戸をゆっくり閉め鍵を掛けた。
鍵を閉めたあとも、フレイはカガリに背を向けたまま動かない。
よく見れば身体が小刻みに震えていた。
「フレイ・・あの・・」
そんな彼女に、カガリは戸惑いがちに声を掛ける。
「カガリ・・アナタよく無事で!」
それが合図でもあったかのように、弾かれたように振り返ったフレイの瞳は涙に濡れていた。
「本当に心配したんだからっ!」
「フレイっ!フレイ!!」
互いの肩に頭を預け、しばらく二人は一緒に泣いた。
話したいことも、聞きたいこともたくさんあったのに、今は言葉が出てこなかった。
それでもただ抱き合って一緒に涙を流せることが嬉しかった。
(女友達って、すげえ・・)
そんな二人をシンは感嘆するような気持ちで見つめいていた。
「フレイ・・シン・・本当に感謝している。ありがとう」
ひときしり泣いて落ち着いた後、カガリは改めてお礼を言った。
いくら友達とはいえ、自分の脱走に手を貸すというのは、プラントの皇子であるアスランへの反逆行為なのだ。
もし見つかれば牢に入れられ、家名の没収の可能性だってあるのに、この二人は自分を助けてくれた。
いくら感謝してもしきれない。
「いいのよ。それが友達なんだから」
再び瞳を潤ませるカガリに、どうってことないという風にフレイが答える。
それがカガリに責任を感じさせないようにする為の優しさだと、親友だからこそ分かる。
目の前の赤毛の少女は、誰よりも友達想いの少女なのだ。
そう思うと、カガリはまた泣きたくなった。
「それより、あまり時間がないのよ。せっかく何か月ぶりにカガリに会えたのに」
フレイが現実的な問題に話を変え、シンもそれに倣った。
「すぐにでもここから出たほうがいい。追手はすぐにやってくるから。アンタ、どこか行くあてとか・・あるか?」
行くあて・・。
そう言われて、カガリに思い浮かぶ場所は一つしかない。
その場所に戻る為に脱走したのだから。
「私は・・オーブに向かおうと思う」
愛する祖国。
クーデターが起き、敬愛する父はもういなくとも、セイラン家に実権は奪われ政権は崩壊し、もはや平和の国ではなくとも、それは変わらない。
私は、オーブを取り戻す。
カガリはぎゅっと拳を握り、それに応えるようにフレイが頷いた。
「だと思ったわ。裏庭に馬車を用意してあるの」
フレイの用意した馬車は飾り気のない、何の変哲もない一般人が使う馬車だった。
これなら怪しまれることもなく、上手く人混みの中に紛れるだろう。
「とりあえず、ユニウスまではこの馬車で行って。それから先は・・ごめんなさい」
「うん。そこからは自力で何とかする。ありがとう」
すまなそうな顏で見上げてくふフレイを安心させるように、カガリは馬車の上から微笑んだ。
ここまでしてくれただけでも、感謝しきれないのだ。
「カガリ・・気を付けるのよ。お金とか、必要になりそうな荷物とかは中に入ってるから」
馬車に乗り込んだカガリを、フレイは地上から見上げて、必要なことを伝えていく。
「フレイ・・ありがとう・・だけど、折角会えたのに」
何か月かぶりに二人が対面してから、まだ30分程度しか経っていなかった。
「いいのよ。あなたがオーブに戻って戦争やめさせたら、すぐにまた会えるんだから」
「うん・・!」
馬車の上と下、二人は強く視線を交わし合った。
言葉はなくても、互いの想いを感じることができる。
それが親友というものだった。
「アナタもなんか言いなさいよ」
「えっ・・」
固い絆で結ばれた二人を部外者のような気分でぼんやりと眺めていたシンだったが、いきなりフレイに促されどんなことを言えばいいのか分からず戸惑ってしまう。
「シンも本当に有難う。すごく嬉しかった。この恩は絶対忘れないよ」
ふて腐れたように何も言わないシンに、カガリは優しく微笑みかけた。
どれほど感謝しているか、閉じ込められた部屋にシンが現れたとき、どれ程嬉しかったか、それが伝わるように。
「な・・」
カガリの微笑みにシンは虚を突かれたような顔をして固まった。
その反応に、やはり自分たちは噛み合わないのかなと思うと、何だかおかしい。
再び彼に会うことがあったら、怖がらずにちゃんと話そう。
そう思いながら、カガリは馬車の窓に手を掛けた。
「じゃあ・・行くな。二人とも本当に有難う」
従者に出発の合図をして、窓を閉めようとしたときだった。
「待てよ!」
不意にシンが叫んだ。
「俺、アンタがオーブに着くまで、付いて行ってやるよ!」