鎖
茜色に染まった空の下、城の中心部から北の塔へ、早足で向かう黒い蝶。
橙色の太陽に照らされ長く伸びた影は、持ち主の心と同調するように忙しなくゆらゆらと揺れている。
駆けだしたい気持ちをぐっと抑えこんでいたが、アスランは塔に入るやいなや我慢できずに走り出した。
本当はすぐにでも愛しい少女のもとへ向かいたかった。
けれどどうしても抜けられない重要な会議があったのでこの時間になってしまったのだ。
その様子に衛兵たちが驚いていたようだったが、構うことはない。
アスランは螺旋階段を駆け上がり、まっすぐに愛しい白い蝶のいる部屋を目指す。
「カガリっ」
はやる気持ちを抑えられない。
早くカガリに会いたかった。
―――アスランはカガリさんに本当のお気持ちを伝えましたの?
先ほどのラクスの言葉は、アスランの見ないようにしていた、後ろめたく弱い部分を的確に突いていた。
俺の気持ち。
それを伝えても、いいのだろうか?
伝えたところで、今までしてきたことが許されるなんて、もちろんそんな都合のいいことは思っていない
それでも。
アスランは今、一つの想いに突き動かされ、その想いのまま愛しい少女のもとへ向かっていた。
ただでさえ古い建物で窓が少ない塔の内部は、夕暮れ時になると一層かった。
その薄闇のなか、アスランはひたすら階段を駆け上りながら、先ほど答えることのできなかった問いと向き合った。
―――アスランはカガリさんに本当のお気持ちを伝えましたの?
俺は・・・
情勢が不安定なオーブにカガリを返すなんて恐ろしくてできなかった。
それも真実だけど、一番の理由はカガリを放したくなかったから。
離れてしまって、そのうえ敵同士になるなんて、考えられなかった。
愛しているから。
それなのに、正直な自分の気持ちを伝える勇気がなかった。
オーブでクーデターが起きたあの日。
いや、それより昔、カガリに惹かれてからの7年間ずっと。
俺が怯えていたから・・
恋愛に疎いカガリに想いを打ち明けるのが怖かったのだ。
カガリを怯えさせてしまったらと思うと。
それに一度心のカギを開けてしまったら、きっと溢れる想いを隠すことはもうできない。
カガリの全てが欲しくなってしまう。
想いを返してもらうだけじゃ満足できなくて、きっと身体も求めてしまう。
そんな浅ましい自分を軽蔑されでもしたら。
とにかくカガリに拒絶されるのが怖かったのだ。
だから、一緒にいられるだけでいいと自分をごまかした。
穏やかな時間を二人で過ごすことができるだけで幸せだと。
でも、そんなごまかしは少しずつひずみを産んで、今回のことで爆発した。
「カガリ・・ごめん・・」
俺が怖がらずにカガリに正面から向き合えば、君をこんな風に傷つけることなどなかったのに。
君を守るなんて言っておいて、俺が守っていたのは自分自身だった。
階段を駆け上りながら、アスランの秀麗な顔が歪む。
「俺は・・甘えていたんだ」
昔も今も・・
カガリに拒絶されて憎まれて、それでも無理やり抱いて。
誰よりも愛しているカガリをどうして苦しめなければいけないと、気を失わせたカガリを見下ろしながらベッドの上で何度涙を流したか分からない。
一方ではカガリをオーブの捕虜として監禁しながら、ザフトではオノゴロを攻撃しないと宣言して、兵たちを怒らせ信頼を失った。
全ては自業自得だと、罰なのだから、耐えなければいけないと思っていたれど。
「そうすれば、許されると思っていたんだ、俺は」
自分も苦しめば許されるのだと。
そうやって甘えて、目を背けていた。
自分な弱さから。
「俺は・・」
許してもらえるなんて、思ってない。
だけど、ちゃんと伝えなければいけないんだ。
そして、今度こそちゃんとカガリと向き合いたい。
自分の気持ちを、想いを知ってもらいたい。
俺はもう逃げない。
今度こそ、君を守る。
塔の最上階まで駆け上がり、その奥の部屋へと向かう。
普段だったら抜群の運動神経と鍛えられた体力のおかげで、最上階へ上がるのに息を切らすことのないアスランだったが、
今ははやる気持ちに急かされているせいかハアハアと息を乱していた。
部屋の前の衛兵が敬礼するのに簡単に会釈をし、鍵の入っている胸ポケットを探る。
鍵は洋服の内布に引っかかったが、力任せに引き抜いた。
「カガリ・・」
会いたい、会いたい。
カガリに早く会いたくて、鍵穴を回すのさえ、もどかしかった。
アスランは煩雑な手つきで鍵を開けると、勢いよく扉を開いた。
「カガリ!」
そこに愛しい白い蝶がいると信じて疑わずに。