鎖
アスランがカガリを愛人にしているという話は知っていたけれど、シンはそういう行為に及んでいる二人を思い描くことができなかった。
10歳の頃の無垢な二人を見てきたシンにとって、アスランとカガリの関係はたとえ7年の歳月が過ぎようと、当時と変わらないものだった。
それが人に言えないような生々しい行為をしているなんて。
「アンタは・・」
確かめたいと思った。
歴代のプラント王が愛人を囲った北の塔。
外側からしか開かない華やかな部屋に、アスランしか入ることの許されない豪華な寝室。
自分も実際に見たこれらの状況が、カガリとアスランの関係を裏付けている。
でも、もしかしたら閉じ込められていただけかもしれない。
現実味のない考えだと分かってはいたけど、そう信じたかった。
「何だ・・?」
「アンタは、本当に・・」
カガリは顔をあげて不思議そうにシンの顔を覗き込んだ。
そのあどけない蜂蜜色の瞳に、自分の考えていることが後ろめたくなって、シンは思わず顔を背けた。
今はそんなこと、考えている場合じゃない。
「話はあとだ。ここから逃げよう」
「ああ!」
シンは運んできた荷車の蓋を開ける。
衣装がたくさん入っていると思っていたその中は空っぽだった。
「このなかに・・?」
「物わかりがいいね。俺が運ぶから、アンタ物音立てるなよ」
シンに促され荷車に隠れる前に、カガリはそっと室内を見回した。
美しい調度品の置かれた華やかな部屋だがしかし、数か月間閉じ込められていた、忌まわしき場所。
ついにここから出ることができるのだ。
気持ちが高ぶるのを感じながら、カガリは荷車に手をかけた。
―――俺から逃げることなど許さない
「あっ・・」
不意に頭のなかで、アスランの声が響いた。
ベッドの上で抱かれながら、朦朧とした意識のなか、何度も何度も耳元でアスランに囁かれた言葉。
もし・・アスランに捕まったら・・。
ぞくりとカガリの身体が震えた。
「カガリ?」
なかなか荷車のなかに入ろうとしないカガリに、シンが訝しむように声をかけてきた。
「す・・すまない」
カガリは平静を装って、荷車のなかに滑り込んだ。
荷車の蓋が閉まると視界は真っ暗になった。
やがてゴトゴトと荷車が進み、部屋の外に出たのだろう、外でシンと衛兵が話しているのが何となく聞こえる。
衛兵は全く怪しむことなく、そのままシンを見送ったようで、荷車はまたガラガラと進み始めた。
本当に、脱出できるんだ・・・
荷車に揺られるたびに、閉じ込められていた部屋から遠ざかっていくのを感じる。
ずっとずっと望んでいた脱出。
自分を縛っていたアスランからついに解放されるのだ。
それなのに、カガリの心は複雑だった。
自分がいなくなったことに気付いたら、アスランはどう思うのだろう。
きっと烈火のごとく怒るだろう。
今まで何度も逃げようとして、そのたびにアスランに声が枯れるまで、意識を失うまで抱かれた。
それでも今までは、部屋から出ることさえ適わなかったけれど、今回は本当に脱出できてしまう。
その事実をアスランが知るのは時間の問題だ。
部屋の片づけにきたメイドが私がいないことに気付いて、その報告はオノゴロに遠征に行っているアスランの元へ届くだろう。
実際に逃げ出せなくても、逃げようとしただけで、アスランはあんなにも怒るのだ。
だから脱出に成功する今回…
きっとアスランは私を許さない・・
もし捕まったら・・殺されるかもしれない。
再び身体が震えて、カガリは自分の身体を抱きしめた。
駄目だ・・
アスランのことは、考えてはいけない。
オーブの憎い敵なのだから。
カガリは自分を律すると、愛する祖国に想いを馳せた。
とにかくオーブに戻らなくてはいけない。
オーブと自らの今後に思考を巡らせようとした瞬間、名前を呼ばれた気がした。
―――カガリ・・
自分のよく知っているその声は、とても寂しそうだった。