「最近ここらへんウロウロしてるみたいだけど、何かあるのかしら」

背後から掛けられた声に、シンの背中がのけ反った。
慌てて後ろを振り向くと、そこに立っていたのは含み笑いをした赤毛の美少女。

「フレイ・アルスター!」

「北のさびれた庭園に、用があるとは思えないけど」

驚くシンとは反対に、フレイはどこか余裕そうに腕を組んでいる。

「ど・・どこにいようと俺の勝手だろ!それよりアンタこそ何で・・」

廃墟となった北の庭園で誰かに見つかるなど、予想外のことだった。
それもアルスター家の令嬢に。
煌びやかな場所を好む彼女が、どうしてこんなところに・・。
そんなことも頭の端で巡らせながら、シンの思考はどうやってこの場をごまかそうかと、目まぐるしく動いていた。
自分がここにいることを、見られたのはまずい。
絶対に自分がここにいる訳を、知られるわけにはいかないのだ。


「そうでもないのよ」

「は?!」

シンの心の焦りを見透かしたように、フレイが微笑んだ。
それは何か企んでいるような笑み。

「もしかしたら私たち、同じ目的でここにいるのかもしれないわよ」

「え・・」

「カガリを助けたいんでしょう?」

フレイの瞳がきらりと光る。


「だったら私たち、協力するべきだと思わない?」









フレイ・アルスター。
名門アルスター家の一人娘で、美しい容姿を持つ少女。
その家柄から王家のものとも親しく、よく城を出入りしており、婚約者がいるがそれでも彼女は周りの男性から人気がある。

だけど、シンは彼女が苦手だった。




「強硬突破なんてできるわけないじゃない!信じられない、あなたって」

「・・・」

「それに抜け道なんてあるわけないでしょう」

「・・・」

城から馬車で10分程の、アルスター家の屋敷。
おしゃれで華やかなインテリアに囲まれた桃色の部屋のなか、シンは項垂れていた。




カガリを助けたい。
そう思ったあの日から、シンはずっとその方法を考えてた。
だが北の塔の構造や、カガリの状況を調べる程、助け出すのは至極困難だと改めて思い知らされる。
カガリを救出するということは、優秀なアスランを出し抜くということだ。
それがいかに難しいか、自分とアスランの差を見せつけられている気がした。
それでも、カガリを助けてやりたい。守ってあげたい。
アスランへの劣等感を感じながら、カガリ救出の為に行きついた方法は強硬突破だった。
今日はその下見で北の庭園から、塔の様子を伺っていたのだが。

まさか、フレイ・アルスターと出くわすとは・・

フレイ・アルスターはアルスター家の一人娘ということでよく城に出入りしており、互いに面識はあった。
ハイネやディアッカは彼女がお気に入りで、確かにシンもフレイのことは美人だと思う。
けれど強気な態度とはっきりとした物言いが苦手で、自ら彼女と関わり合おうとは思わなかった。
自分も似たような性格だと自他ともに認めているが、それでも彼女には適わない。
一度城の踊り場でフレイとイザークが言い争いをしている現場に出くわしたことがあったが、あんな恐ろしいもの見たのは初めてだった。
イザークも感情直下型で二人はしばらく大声でやり合っていた。
しかしあるときを境に、フレイが臨界点を超えたのか、いきなりヒステリーを起こした。
恐ろしい形相で泣きながらわめきちらすフレイの姿は、シンにとって恐怖でしかなく、それ以来トラウマになってしまったのだ。

それなのに、そのフレイ・アルスターと協力し合うなんて・・

けれど、カガリの為だ・・。


――――私もカガリを助けたいの。

北の庭園でフレイは、呆気にとられるシンにそう言った。


冷静に考えてみれば、フレイはカガリの親友だ。
助けようとするのも当たり前。
アスランに逆らってカガリを助けようとする者が、自分以外にいるなんて考えつかなかっただけで。

それに・・こんな頼もしい協力者はそうはいない。

立場的にも・・性格的にも。




「カガリが閉じ込められてるのは北の塔の最上階」

今まで収集した情報を整理し、まとめるように、フレイがカガリの置かれた状況を再度確認する。

「そこに入るのを許されてるのは、3人のメイドだけ・・このメイド達は異国の者で言葉は通じないの」

カガリがメイドと交流を持てないように、アスランはわざと異国のメイドをおいているのだ。
メイドと親しくなり、協力して逃げ出せないように・・。
だから塔に閉じ込めてから、カガリが会話できるのはアスランだけ。
シンはふつふつと腹の底から怒りが湧いてくるのを感じた。
カガリの身も心を縛ろうとするのか、アンタは・・!

「後は庭園から見えたと思うけど塔の入り口に衛兵が二人。それにカガリの部屋の前にもいるでしょうね」

「知ってますよ。そんなことは!だから尚更、強硬突破以外に道はないし、俺の剣の腕だったら衛兵くらい!」

ザフトでは年齢のせいで赤服ではないが、剣の実力だったら赤服にだってひけはとらない。
むしろ赤服のなかでも相当な腕前のはずだ。

「鍵はどうするのよ。それにそんなことしたら大騒ぎになって、無事に脱出できてもきっとすぐ捕まるわよ」

呆れたように言うフレイに、勢いづいたシンの喉がぐっとつまる。

「鍵は倒した衛兵から奪って・・脱出したら・・何とか・・」

「もう、あなたもう少し頭使いなさいよね。剣ばっか強くても駄目なのよ」

「・・・」

今しがたの勢いはどこへやら、シンはすっかり黙り込んでしまった。
反論できる隙が無い。

「じゃあ・・どうしろって言うんだよ」

ふて腐れたシンに、フレイは自信ありげに微笑んだ。

「私に考えがあるわ」


その笑みは凄みがあってけど、美しくて。



やっぱり・・・フレイ・アルスターは苦手だ・・

シンは改めてそう思った。







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