無意味だと分かっていても、縋りたかっただけだ。











寝室へと続く扉を開くと目に入るのは、背中を向けてベッドに座っている愛しい少女の後ろ姿。
綺麗な金髪に華奢な身体。
アスランはカガリをこの部屋に閉じ込めてから三日に一度彼女を抱いていた。
今日はここから逃げようとしたカガリを意識を失うまで抱いたあの晩から丁度三日が過ぎていて、アスランがやってくるのをカガリも分かっているはずなのだが。
カガリはアスランを拒絶するように、背を向けたまま動かない。
北の塔に閉じ込めて最初の頃はアスランが姿を現すたびに、怒りを露わに掴みかかってきたり、琥珀の瞳に涙を溜めて問い詰めてきたカガリだったが、最近はずっとこうだ。
気力がなくなったのか、はたまた諦めなのか。
以前も辛かったが、拒絶されるのはもっと辛かった。

「カガリ・・」

アスランに反応しないカガリを問答無用で抱いてしまっても良かった。
むしろ今までそうしてきた。
自分をどんなに拒絶しても、自らの愛撫によって否応なしに反応してしまうカガリを見ると、身体だけでも受け入れてもらったような気持ちになって救われる。
それでも今日のアスランは、どうにかしてカガリの心に自分を映してもらいたかった。
先ほどの軍会議のことがアスランの心に暗い影を落としていて、カガリに受け入れてもらえたらそれが払しょくできるような気がしたのだ。

「カガリ」

(頼む、こっちを見てくれ)

そう願ってカガリを見やるも、彼女は反応しない。
アスランはベッドの横まで近づいた。
カガリ、お願い。俺を、見て。
辛いんだ。苦しくて苦しくて、もうどうしていいか分からない。
カガリが反応してくれるなら、もう何でもよかった。
だからアスランは最悪のカードを切ってしまった。

「ザフトはオノゴロに攻め入ることにしたよ」

「オノ・・ゴロ・・?!」

カガリの肩がピクリと上がる。
その反応に自らが縋ったものは間違いではなかったと、アスランの暗い部分に喜びが生まれる。
冷静な部分が駄目だと言っていても、カガリが自分を見てくれる嬉しさに打ち勝つことはできなかった。

「早くとも来週には作戦が決行される」

「アスラン!!」

勢いよく振り返ったカガリの顏には、驚愕と恐れがはっきりと浮かんでいた。
カガリの心を揺さぶれたことが嬉しくて、アスランは話を淡々と続ける。
揺さぶって揺さぶって、開いた隙間に自分を入れて欲しかった。

「作戦指揮はもちろん俺だ。オノゴロに遠征するから、しばらく君を抱いてあげられないな」

もっと俺を見て欲しい。

「辞めろ!オノゴロを攻撃するなんてっ・・!オノゴロはオーブの心臓なんだ!!オーブの全てがあそこにあるんだぞ!!」

カガリがアスランの袖に掴みかかってくる。
彼を見上げる瞳は大きく見開かれてた。

「だからこそだ。ザフトはあそこを壊滅させる」

「駄目だ!!アスラン、オノゴロだけは辞めてくれ!!」

カガリの琥珀の瞳ははっきりとアスランを映している。
必死に縋りついてくるカガリに歪んだ喜びを感じていたアスランだが、ふと琥珀の瞳に自分が映ってないような、そんな感覚に襲われた。
オーブ、オーブと祖国の名を呼び続けるカガリ。
琥珀の瞳はアスランを見ているのではない。
カガリはアスランを通してオーブを見ているのだ。
嫌だ。そんな・・・。
俺を媒体になんかするな、俺そのものを見て欲しんだ。

「オーブ一の要塞都市だから、ザフトの全戦力を投入するつもりだ。まあそれでもオノゴロは只じゃ陥落しないだろうし、激戦になるだろうな」

そう、激戦になる。そしてその地に俺は総司令官として出向くんだ。

(だから、カガリ・・)

アスランの胸に産まれたのは、一つの小さな願望だった。
俺の身を、心配してほしい。
一言でいい、俺の身を案じる言葉を・・。
そうすれば・・
そうすれば、オノゴロを攻撃しないであげるから。
アスランの脳裏にザフトの赤服たちの顔が浮かんだ。
オノゴロに攻め込まないとアスランが言ったときの、彼らの怒りに満ちた顔。
彼らの言い分がもっともなことも、ハイネに言われたように割り切らなければいけないことも、アスランは分かっていた。
それでも・・。
カガリが俺を心配してくれたら、オノゴロに攻め込もうとする彼らをねじ伏せてやるから。
だから・・お願い・・
俺を見て、カガリ。

「アスラン、お願いだ!!」

けれどカガリはそんなアスランの胸の内に気付くはずもなく、ひたすらオーブを思って縋りついてくるだけで。

「無事に帰ってこれるか分からないから、二コルたちにも一応家族にはちゃんと会っておけと言っておいた」


「アスラン、お願い!!ザフトに攻め込まれたらオノゴロは・・!あそこはオーブの努力の結晶なんだ!!」

カガリはオノゴロのことしかもう頭になかった。
アスランの言葉もよく聞かないまま、懇願し続ける。
当たり前だ。
カガリはオーブの姫なのだから、オノゴロの心配をするのは当然のことで、アスランのことを考える余裕なんであるはずがない。
それにカガリがどんなにオーブを愛しているかは、アスランが一番よく知っている。
それでも・・もう少しだけアスランは一縷の望みに縋りついていたかった。
たった一言でいい・・そうすれば攻撃は辞めてあげるから。
嫌なんだろう?オノゴロを焼かれるのは。
カガリが俺を心配してくれたら、気にしてくれたら、やめてあげるから。

「戦争が始まって以来の激戦だ。ザフトも俺も、相応の覚悟を持っている」

「辞めて!!オノゴロを焼かないでくれ!!お願い!」

それは本当に一縷の願いだった。





カガリはアスランの胸元にしがみ付き、泣きながら同じ言葉を繰り返す。

「お願い・・・お願い・・・!」

カガリの身体を上半身に感じながら、アスランはぼんやりとカガリを見下ろした。
カガリはアスランに縋りつきながら、小刻みに身体を震わしている。
その様子を見て、アスランはふっと自嘲する。

(分かっていた、ことじゃないか・・・)

――――割りきれよ、王子なんだからさ

先ほどのハイネの言葉が頭に響いた。
その瞬間、捨てきれていなかった甘さを、アスランは切り離した。

「何様のつもりだ」

「え・・」

アスランの冷たい声に、カガリは彼の胸元に埋めていた顔を上げた。
そこにあったのは一欠けらも温情のない、嘲るように薄く笑う美しい顔。

「愛人の分際で、君が俺に命令か」

「な・・」

涙を溜めた琥珀が見開かれる。
その瞳に失望と驚愕が浮かんでいることに、アスランは気づかなかった。
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