鎖
プラントにはザフトという軍隊が存在し、事実上の国軍として機能している。
しかしザフトの構成員たちは職業軍人ではなく、ちゃんとした本職にもついており、ザフトの赤服を纏うエリートたちはみな王族やプラント評議会の議員である。
そして現在ザフトの頂点に立つのは、プラントの王子でありプラント評議会上流議員のアスランであった。
決してその身分のおかげでザフトを纏める立場に就いたのではなく、身体能力の高さと明瞭な頭脳でその地位におさまっているといのはプラントでは承知の事実であったのだが。
「貴様ぁ~!まさかそんな腑抜けたこと本気で言ってるんじゃないだろうな!!」
城にほど近いザフトのカーペンタリア基地、そこの軍本部でキンキンとした怒声が響いた。
オーブがプラントに宣戦布告してから三カ月。
ザフトの赤服たちが軍本部に集まって、ザフトの今後の展開を決める会議を行っていた。
「一向に守りばかりで、貴様は戦争に勝つもりがあるのか!」
白銀の髪に冷たいサファイアの瞳を持つ青年は、その冷淡な容姿とは真逆な性格をしていた。
怒りと苛立ちを露わにして、アスランに食ってかかる。
この三カ月、プラントとオーブは未だに大きな戦いはなく、小さな小競り合いばかりが続いていた。
それはオーブの軍事力があまり高くないこともさることながら、ザフトの戦い方にも原因があった。
ザフトからオーブに攻撃をすることは無く、ひたすら防戦に徹していたからだ。
そんなザフトの対応にイザークの苛立ちは募っていき、今日ザフトのトップであるアスランの言葉についに爆発した。
「イザーク・・!」
今にもアスランに殴りかかりそうなイザークを、緑色の髪をした少年が咎めるようにその名を呼んだ。
「本当、一気にオノゴロに攻め込めばこんな馬鹿げた戦争すぐ終わるのに?有能な王子様は本当はとても臆病でしたってか?」
そんな二人をしり目に、軍本部の椅子にくつろいだ様子で座っている色黒の青年が、嘲るように笑った。
「ディアッカ・・」
侮辱と皮肉の混じった笑い。
彼も本気で苛立っているのだと感じて、緑色の髪をした少年、二コルはいたたまれない気持ちになる。
「オノゴロはオーブの軍事要塞の要だ。攻め込めばザフトにもそれなりの被害が出る」
会議室の空気が悪くなり、何ともいえない気まずい空間になったところで、アスランは口を開いた。
今日の会議の焦点、それはオーブの要塞都市オノゴロを攻撃するかということだった。
オノゴロを落とせば、オーブは心臓を失ったようなものだ。戦争は終わる。
だが、アスランはそれを良しとしなかったのだ。
「じゃあちんたらと小競り合いばかり続けていろというのか貴様は!」
「ひたすらオーブからの攻撃を撃退するだけってか、消極的!俺そういの大嫌いなんだよね~戦争でも人間でも」
「二人ともやめて下さい」
二コルは怒りと苛立ちを露わにする二人を咎めると、ゆっくりとアスランに視線を向けた。
「アスラン・・オノゴロで戦になれば、こちらも被害が出るという貴方の言い分も分かります。ですがザフトはオーブよりも軍事力は遙かに上です」
イザークとディアッカのような態度は取らないにしても、二コルも二人の意見に賛成だった。
今まで平和の国として名を馳せたオーブは、その名の通りほとんど軍事力の強化に力を入れてこなかった。
その為プラントとの戦力の差ははっきりしており、たとえ軍の要塞であるオノゴロに攻め入っても、ザフトは多大な被害を出すことなくオノゴロを壊滅させることができるだろう。
痛み分けにはならない。
「だが・・あそこには民間人も多くいる」
「民間人?!そんなもの気にしてたら戦争なんてできるか!」
「敵国の民間人の心配するなんて、さすがお優しい王子さまだねー!全く」
「アスラン・・プラントの民間人だってオーブの攻撃で・・」
アスランの答えに再びその場がざわついたとき、パンパンと手を叩く乾いた音がした。
「ハイネ・・」
「時間だ。今日の軍法会議はここまで」
端っこに座っていたハイネががたりと席を立つ。
時計を見れば、すでに会議終了時刻を大幅に過ぎていた。
「明日の会議で今後の対オーブ戦のやり方を正式に決める。それでいいでしょう、王子」
「ああ・・」
ハイネの号令でその場にいた赤服たちが次々と席を立つ。
イザークやディアッカのように不服そうな顔をしたり、二コルのように困った顔をしていたり、皆その表情は様々だった。
イザークとディアッカ、二コルは最後までその場にいたが、やがてアスランに背を向けドアに向かう。
「明日もオノゴロを攻撃しないと戯言を言ったらどうなるか分かってるだろうな、アスラン!」
「ザフトのトップがあんなんじゃ、たまんないな」
「アスラン・・また明日」
ニコルの気遣うような声を最後にドアがパタンと閉まった。
会議室がようやく静かになっても、アスランは椅子に座ったままだった。
とにかく疲れて、しばらく動く気がしなかった。
「アスラン」
そのまま俯いたままでいたが、不意に名前を呼ばれてハッと顔を上げる。
誰もいないと思っていた会議室に、年上の従兄弟が残っていたのだ。
「ハイネ・・」
疲労が色濃く混じった声に、ハイネが苦笑する。
「どうしたんだ、お前らしくもない」
もちろん、今日の会議でのことだ。
オノゴロを攻撃しないと主張するなんて、冷静で頭の切れる普段のアスランだったらあり得ない。
しかしアスランがおかしいのはそれだけじゃないことも、ハイネは分かっていた。
「ここ最近・・いや、もうずっとだな」
ハイネの瞳は色々な感情を写して光っていた。
悲しみと優しさ、そして憐み。
ハイネは何故アスランがオノゴロへの攻撃を避けようとするのか分かっていた。オーブと積極的に戦おうとしないわけも。
ハイネの脳裏に金髪の白い蝶の姿が浮かぶ。
だけど、それでは駄目なのだ。
疲れ切ったアスランを見れば尚更その思いは強くなる。
「割り切れよ、色々と。王子なんだからさ」
アスランがプラントの王子で、ザフトのトップである限り、その役目を果たさなくてはならないのだ。
それは今のアスランにとって相当酷なことだと分かっていても。
「じゃなきゃお前、壊れるぞ」
どこかで割りきらないと、このままではアスランは…
ハイネの目には今のアスランがとても不安定に映っていた。
「ハイネ・・」
胸のうちを見透かされたような年上の従兄弟の言葉に、アスランは一瞬瞳を揺らしたが。
「俺は別に大丈夫だ。心配されることなど何もないさ」
そう言って逃げるように部屋を出ていくアスランを、ハイネは黙って見つめていた。
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