誰かが泣いている。
辛そうに、悲しそうに、たった一人で泣いている。
誰にも涙を見せずに、一人で耐えるつもりなのか。
そんなに、苦しそうなのに・・・。
だから傍にいって慰めてやりたい。
でも辺りは暗闇で、その人がどこにいるのか分からない。
すぐ傍にいるのは分かるのに・・・。






















「あ・・」

闇を漂っていた意識がゆっくりと浮上して、カガリはぼんやりと瞼を開けた。
二重三重になっていた景色が徐々に重なって、最初に目に入ってきたのは見慣れた白い天井。

(何だろう・・長い夢を、見ていた気がする・・)

切なくて悲しい夢だったような気がするけど、内容はもう思い出せなかった。

「ん・・」

カガリはベッドから身体を起こそうとしたが、途方もない倦怠感が襲ってきて、再びベッドに崩れ落ちる。
身体のあちこちが軋んで、思い通りに動かすことができなかった。

(そうだ私・・昨日は一晩中アスランに・・)

ぼんやりしていた意識がはっきりしてきて、カガリは昨晩のことを思い出す。




この部屋に閉じ込められてから、三カ月が経っていた。
アスランに捕虜だと言われ無理やり抱かれて、次に目を覚ましたときにはもうこの部屋にいた。
ここは北の塔の最上階で一番奥に位置する部屋らしい。
豪華な家具が置かれた広く華やかは部屋はしかし、窓には鉄格子が組み込まれ外の様子を伺うこともできず、ドアも特殊な鍵によって外側からしか開かない。
その扉を開けることができるのは、カガリの身の回りの世話をする数人のメイドとアスランのみ。
カガリは誰とも会うことを許されず、この贅沢な部屋のみがカガリの世界だった。
そしてアスランは三日に一度ここにやってきて・・・。
もちろんカガリは何度もここから脱出しようと試みた。
メイドが目を放した隙に外に出ようとしたり、ドアを家具で叩き破ろうとしたり。
でもどれも失敗して、その晩は報告を受けたアスランに激しく抱かれて。
昨日の晩も正しくそうだった。
クローゼットから取り出したポールを握りしめながらドアの前でアスランを待ち伏せして、彼がやってきたところを不意打ちで斬りかかっていったのだが、あっさり受け止められて。
何度も意識を飛ばして、泣きながら許しを乞うてもアスランはやめてはくれなかった。
罰とばかりに苛むように、また力の差を見せつけるかのように情け容赦無くめちゃめちゃに自分を抱いた。
途中で記憶が途切れているから、きっと自分はどこかで気を失ったのだろう。

「思い出したく・・ないな・・」

ベッドに倒れたまま、視線だけをチェストに置かれた時計に向けると、もう正午を過ぎていた。
窓からは一切光が入って来ないため、時計がないと昼か夜かも分からず、また部屋の照明は常につけっ放しにしていなければならなかった。
生命に必要な太陽の恩恵を受けることもできず、密閉された異常な空間に閉じ込められて、カガリの身体も心も疲労していた。

「お父様・・」

それでも、大切な祖国のことを考える。
クーデターが起き、プラントに宣戦布告したオーブだが、まだ本格的な戦は始まってはいないらしい。
だから尚更、戦いの火蓋が切られる前に、一刻も早くオーブに戻りたかった。

「アスラン・・」

それなのに、彼は許してくれない。

「どうして・・」

オーブでクーデターが起きたあの日からアスランは変わってしまった。
自分の知ってるアスランはどこに行ってしまったのか。
10年間一緒に過ごしてきて、カガリはアスランのことをよく知っているつもりだった。
真面目で穏やかでだけど、意外と口うるさいところもあって、でもそれは彼の優しさから来ていることも知っていた。
優秀で冷静沈着だけど、本当はとても不器用なところも。
それなのに今のアスランはカガリの知らないアスランだった。
確かにオーブを守るために、もしもの時はプラントと戦うと言ったけれども、カガリの意思を無視して、自由を奪って手籠めにするなんて、彼は絶対にするはずがないのだ。

「オーブに、戻りたい・・」

敬愛する父の後を継いで、平和なオーブを再建したい。
何よりオーブが焼かれるなど耐えられない。
そして本格的に戦がはじまったら、オーブを焼くのはアスランだ。
自らにこんな酷い仕打ちをしているのも、またアスランで。

「アスラン・・」

それでも、彼を完全には憎めない。
彼を心の底から憎むには、優しい思い出が多すぎる。

だから・・

「今までのアスランに戻ってくれ・・」

(私がお前を憎んでしまう前に・・)

ベッドに身を預けたまま、カガリは祈るようにそう囁いた。








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