鎖
閣議場の重厚な扉が開かれ、ぞろぞろと議員たちが出てくるなかに、藍色の髪をした青年を見つけるとシンはすぐに彼のもとに駆け寄った。
「兄上!!」
ここ一週間アスランを捕まえることができなくて、ついに閣議場の入り口で待ち伏せをしたのだ。
「兄上っ・・どういうことですか」
つまらなそうな顔をこちらに向けるアスランに臆する暇もなく、シンは勢いのまま彼に詰め寄った。
アスランがカガリを北の塔に幽閉して一週間。
その事実はあっという間に城中に広まった。
祖国でクーデターが起きて立場をなくしたカガリをプラントはどう扱うのか、それは城中の者が注目していたことではあった。
確かにオーブは敵国になったが、現政権とカガリには繋がりが無く、今回の宣戦布告もカガリにとっては予想だにしていなかったことだ。
更にアスランとカガリの親密さは、これまた城中の者の知ることでもあったので、プラントはカガリをこのまま保護していくものだと考えられていた。
しかし王子であるアスランは皆の予想に反して、カガリを拘束し幽閉した。
だから誰も予想しなかった衝撃的な事実が、瞬く間に城中を駆け抜けたのは当然のことだった。
またアスランがカガリを幽閉した場所も波紋を呼んだ。
北の塔。
そこは歴代のプラント王が愛人を住まわせていた場所だったのだが、愛人を堂々と囲う場所があるのは倫理的に問題だという時代の流れでここ100年程は使われていなかったのだ。
しかし、アスランは敢えてその封印を解いた。
その意味するところは、一つしかない。
アスランはカガリの自由を奪い去り、愛人として扱っているのだ。
真面目で人の良い王子がそんな真似をするなど誰も信じることができなくて、城の者はただただ驚くばかりであった。
それは、王子と親交の深い者なら尚更で。
「カガリを閉じ込めて・・あんなところに!!」
シンはここが厳粛な閣議室の前だということも忘れて、ただただ戸惑いと怒りをアスランにぶつけた。
アスランがカガリにそんな仕打ちをするだなんて。
シンはどうしてもそれを信じることができなかった。
だから嘘だと言ってほしくて、噂は何かの間違いだとアスランの口から聞きたくて、怒りを全身で表してはいても、紅い瞳はどこか縋るようにアスランを捉えていた。
「お前が口出しすることじゃない」
けれどアスランは必死なシンに何ら動じることもなく、冷たく言い捨てた。
「そんなっ・・だってカガリは・・・」
「あいつは敵国の姫だ。捕虜として拘束するのは当然のことだ」
「戦線布告したのはクーデターで政権が変わったオーブだ!カガリは関係ないじゃないかっ。むしろカガリだって被害者だ!」
アスランの言葉にシンは焦りを感じた。
シンはくだらない噂は信じるなと、カガリにそんな酷いことをするわけがないと、アスランに言ってもらうのを待っていたのだ。
それなのにアスランの発する言葉のその全てが、シンの期待したものとはかけ離れていて、このままじゃ・・。
「オーブがどうあろうと、あいつがオーブの姫であることには変わりはない。野放しにはできない存在だ」
「そうかもしれないけど・・カガリはずっとここで一緒に暮らしてきたじゃないか!」
最初は怒りを含んでいた筈の声が、悲痛な叫びへと変わっていた。
「それを捕虜だなんて!!兄上・・!!」
「それが政治というものだ。情に流されては一国の主など努められない」
「兄上っ!兄上はカガリが大切なんじゃないの?!」
可笑しそうにそう教えてくれたハイネの言葉と、愛おしそうにカガリを腕に抱いて踊るアスランの姿を思いしながら、シンは問うた。
アスランがカガリを。
本当はそんなこと考えたくもなかったが、今アスランを揺り動かせるとしたら、アスランのカガリへの想いを投げかけるしかないと思ったからだ。
「いい加減にしろ、シン」
しかしアスランは冷たい表情を崩さない。
「兄上・・俺は・・!」
「俺は忙しい。くだらないおしゃべりをしてる暇はない」
アスランはそう言って、シンの横を通り抜けた。
その声と動きに戸惑いは全く見られない。
「兄上・・」
くだらない?
カガリのことなのに、それがくだらないって・・。
シンはそんなアスランに呆然として、引き留めることもできなかった。
「最後に・・お前は何か勘違いをしているようだから言っておく」
数歩言ったところでアスランがふと足を止めた。
「俺はお前の兄上ではない。」
「え・・」
シンが振り向くのを待たないまま、アスランはそれだけ言うと再び背を向け歩き出した。
アスランの背中が見えなくなった後も、シンはしばらくその場にただ呆然と突っ立ていた。
それでも時間が経つにつれて、先ほどのやり取りを反芻し咀嚼するゆとりが出てくると、生まれてくるのは従弟への諦めと怒り。
政治の世界に入って、アスランは変わってしまったのだ。
今のアスランはこれまで自分が尊敬していたアスランではない。
そう思うと、カガリにひどい仕打ちをするアスランが許せなかった。
そして、湧き上がってくる一つの決意。
(俺が・・カガリを助け出してみせる)
シンはぎゅっと拳を握りしめた。
「カガリ・・」
(俺がちゃんと・・俺がちゃんと・・守るから)
今まで、実の兄弟のようだったアスランとシンだったが。
ここでもまた、幼いころから積み上げてきた関係がひとつ、崩れたのだのだった。