鎖
「私一人安全な場所で…プラントとオーブが戦争してるのを、黙って見ていろというのか・・」
アスランはカガリを腕に抱いたまま、彼女が身を任せてくれるのを待っていた。
けれど、カガリから返ってきたのは苦しそうな、憤ったような低い声。
「カガリ・・?」
カガリの様子を訝しんで、アスランは腕の力を緩めた。
俯いていたカガリが顔を上げ、琥珀の瞳が持ち上がる。
大好きなはずのその瞳が、何故だか今はとても怖かった。
アスランの頭に警鐘が鳴る。
恐れていた何かが現実になりそうな、そんな感覚。
「私はオーブの姫なんだ」
「カガ・・」
「確かに・・お前の言うとおり戦争は止められないかもしれない。だけどオーブは私の国なんだ・・!!国が焼かれるのを黙って見ているわけにはいかない!!」
それは、こんな状況にあっても、驚くほどカガリらしい答えだった。
だからアスランは、ずっとずっと、カガリがそう言うと心の底では分かっていた。
カガリのことを誰よりも、愛していたから。
「私はオーブに帰る!!」
アスランをしっかりと見据えた金色の瞳。
強い光をもったそれを見たとき、アスランのなかで何かが終わった。
「そうか・・」
発した声は低くて冷たかった。
カガリに対して、こんな声が出せるのだと、アスランは自分でも心のなかで少し驚いた。
「プラントは…オーブに攻撃された場合、もちろんそれに対して反撃をする」
「アスラン・・?」
アスランの纏う雰囲気が変わって、カガリは小さな恐怖を覚えた。
彼の表情をうかがおうとしても、俯いていて、どんな様子をしているのか分からない。
「そうなったら君は・・オーブを守る為に、プラントに刃を向けるということだな」
「私は・・オーブを・・」
カガリの声に勢いがなくなり、語尾が弱まる。
カガリだって、どんな理由であれ、プラントと戦などしたくないのだ。
(だけど、私はオーブを守らなきゃいけないんだ・・・)
アスランの冷たい声に怯えながらもカガリは言葉を紡ごうとするが、ゆっくりと顔をあげたアスランを見て声が出なくなった。
「君は本当に甘いな」
アスランの薄い唇は歪んだ半円のアーチを描き、持ち上がった翡翠の瞳は暗い光を放っていた。
「オーブは既に我が国に対して宣戦布告をしている。君は今、敵陣の中ににたった一人でいるんだ」
「ア・・ス」
ゆっくりと言葉を紡ぐアスランにカガリは何か言おうとするが、まるで蛇に睨まれた蛙のように声が出ない。
カガリはこんな風に笑うアスランを知らなかった。
アスランは一体どうしたというのだ。
怖い。
アスランが…怖い。
そんな思いが、カガリの体にじわじわと浸透していく。
「そして、君はプラントに対し攻撃の意思があると言った」
小刻みに震えるカガリをどこか可笑しそうにアスランは見やり、そんなアスランにカガリはますます身体を震わせる。
「ならば君は俺たちの敵だ…たとえ7年間プラントで過ごしていたとしても…」
アスランは震えるカガリの頬にゆっくりと手を伸ばした。
「オーブの姫カガリ・ユラ・アスハ。お前をたった今から捕虜として拘束する」
「え・・」
「だけど俺は慈悲深い・・7年間一緒に過ごしてきたお前を冷たい地下牢につないでおくのはしのびない・・」
カガリの頬を辿っていたアスランの指が、唇にたどり着きそのままゆっくりとその形をなぞった。
「あ・・」
「お前を俺の愛人にしてやろう」
部屋のなかに閃光が走って、今日何度目か分からない雷が落ちた。