鎖
初めてこの場所を訪れたのはカガリと出会ったその日だった。
それからも、何度か二人でやってきた、秘密の場所。
最近では忙しくて、ほとんど来ることはなかったけれど、大切な場所だということに変わりはない。
「うわあ・・・綺麗だ・・」
眼下に広がる銀色に輝く一面に、カガリは感嘆したように言った。
その光景は幻想的で現実のものには思えない。
光の正体は、スノードロップの群生。
白い花びらが月光を跳ね返し、まるで花自体が淡く光っているように見える。
その光の群れのなかにアスランとカガリは降り立った。
「夜だと雰囲気が全然違うな・・」
「昔は日中にしか来なかったからな」
あのころはまだ、アスランもカガリも幼かった。
だからこの場所が昼と夜と全く表情を変えるだなんて、知らなかった。
「それにしても・・本当に良かったのか?」
カガリが少し瞳をきつくしてアスランを見た。
「何がだ?」
「舞踏会抜け出して」
「十分役目は果たしたさ。会場も盛り上がってるから俺たちがいる必要はもうないよ。それとも、カガリはここよりも舞踏会のほうが良かった?」
「そんなわけないだろ!こっちのほうが、ずっといい」
そう言ってカガリは傍に咲くスノードロップの花びらを指先で撫でる。
アスランはその横顔に、10歳のころのカガリを見た気がした。
自分には似あわないけれど、スノードロップが好きだと言ったカガリの横顔。
あれから7年の歳月が過ぎて、幼かった自分たちは大人になりかけているけれど、本質はあの頃と変わっていない。
今も昔も、カガリは真っ直ぐでひたむきで。
(そんなカガリに俺はずっと・・・)
そう、自分たちは何も変わっていないのだ。
そしてこれからも変わらないのだ。
アスランはそう自分に言い聞かせたが。
―――オーブでクーデターの動きがあるらしい。
昨夜のパトリックの言葉。
本当はずっと頭にあったけれど、気づかない振りをしていた。
もし、このことをカガリが知ったら?
カガリはオーブを心から愛している。
もちろんアスランも王子としてプラントを大切には思っているが、カガリのオーブへの想いとは全く質が違う。
アスランにとってプラントは企業のようなものだった。
赤字を出さずに運営し、またより良くする為にはどうすればいいかと、プラントを設備投資の対象として客観的に見ている。
それはアスランにとって面白く遣り甲斐のあるものではあったが、どうしても国をデーターでしか見ることができなくなってしまう。
絶対的にオーブを愛しているカガリはそうではない。
オーブを利益や経済の駒としては絶対に捉えない。
数字や情勢よりもオーブの理念とかそういうものを優先する。
どちらが為政者として正しいのかは分からないけれど、カガリの政治に対する姿勢は甘いとアスランは思う。
もっと現実を、裏を見なければ駄目だと。
もちろん本人に言ったことはないが。
だけど、そんなカガリだからこそアスランは惹かれたのだ。
純粋で真っ直ぐで、眩しかったから。
それゆえ不器用なところも愛しかったから。
想いを伝えたいと思ったこともあったけれど、鈍感で恋愛には疎いカガリを怯えさせたり、驚かせたくなくて。
何より今の関係を壊すのが怖かった。
だから隣で笑ってくれてるだけでいい。
それだけで充分だとアスランは思っていた。
そうして過ごした7年間は穏やかで幸せで。
そして、これからもきっとそんな日々が続いていくのだ。
だけど。
純粋で真っ直ぐなカガリ。
(そんな君がオーブの内情を知ったら)
アスランは、その先を想像することができなかった。
「アスラン、どうしたんだ?」
カガリが黙りこんだアスランを訝しむ。
「いや」
何でもないという風にアスランは微笑んだ。
「そうか?お前も疲れたんじゃないのか」
ふうっとカガリが野原に腰を下ろした。
やはり連日デビュタントボールの練習をしていて疲れが溜まっていたのだろう。
アスランはそっと手を伸ばして、カガリの頭に飾られたティアラを外した。
「え・・」
「ティアラも綺麗だけど・・カガリにはこっちのほうが似合う」
驚いてアスランに視線を向けたカガリの金髪にそっと白い花が挿しいれられる。
「あ・・」
「あのときも、こうした」
アスランは穏やかに微笑んでいたけれど、切なさのこもった熱い瞳は先ほどホールのバルコニーで見たものと同じだった。
だけど先ほどよりもずっと、その瞳の色が深
い。
男にしては繊細な、それでも大きな手が、翡翠色の瞳に絡めとられて動けないカガリの髪をゆっくりと梳く。
「あのときも、俺は…」
「アス・・」
「カガリ、覚えてる?」
あのときも今も、カガリはスノードロップの妖精のようだとアスランは思った。
本当に変わっていない。
(そうだ・・これからも俺たちは何も変わらない)
そんな思いをこめて、アスランはカガリに言った。
「カガリ・・またここに来ような」
それは二人だけの銀色の世界で交わされた約束だった。