「疲れたあ・・」

どさりと音を立ててカガリはバルコニーの椅子に座った。
ふーっと大きく息を吐く。
ホールから漏れ出る音楽が小さく聞こえる。
舞踏会はまだそこで行われているけれど、何だかもう遠い世界の話のようだ。
あれからアスランと4曲連続踊って、もうそろそろいいだろうと言おうとしたところで、互いに別の相手からダンスを申し込まれた。
本当はもうダンスなんて踊りたくなかったけれど、やはりオーブの姫としてしかるべき場所でのしかるべき人からの誘いは受けなくてはならない。
差し伸べてくる青年の手を取りながらふと後方に視線を傾けると、アスランの周りには華やかな女の子たちが集まっていた。
アスランは少し困ったように笑って、一番近
くにいた女の子の手を取る。
女の子は感激したように、嬉しそうな、そしてちょっと誇らしげな顔をして、アスランのリードに身を任せた。

「姫、どうされました?」

「いや」

アスランはこの国の王子なのだから、色んな令嬢と踊るのは当たり前だ。
それは、自分とて同じこと。

「私、あまりダンスは上手くないぞ」

「構いません。ダンスが上手い女性と踊りたいのではないのですから」

「そうか?」

青年が言葉に含めた意味に気が付かないいまま、カガリはステップに集中した。










「もう戻りたくないな」

夜空を見上げれば濃紺の空に綺麗な満月が浮かんでいた。
少し冷たい夜風がダンスで汗ばんだ身体に気持ちがいい。
一回外の空間に出てしまうと、再びあの華やかな舞踏会に戻るのは気の重いことだった。
流れてくるワルツの音が大きくなったと思って振り返ると、カクテルを二つ手に持ったアスランがバルコニーのドアを開けて外に出てきた。

「カガリ、ここにいたのか」

アスランがドアを閉めるとまた音楽は小さくなった。

「ああ、ちょっと休憩だ」

舞踏会が好きではないということもあるけれど、最初に誘ってきた青年と一曲踊ったあとも次から次へとダンスを申し込まれて、カガリは本当に疲れていた。

「そうだな。疲れただろう」

はい、とアスランがオレンジ色のカクテルをカガリに差し出した。
お礼を言って受け取り口に運ぶと、疲労した体に甘みがとけていく。

「美味しい」

一息ついてアスランのほうに視線を向けると、彼はバルコニーの柱に寄りかかりながら優しい目でカガリを見ていた。

「お前、こんなところに居ていいのかよ」

「え?」

「王子なんだから舞踏会にちゃんといなきゃダメだろ」

「俺だって少しくらい休憩したいさ」

アスランは紫色のカクテルをくちにした。
それだけの動作なのに月の光を背にしたその姿はとても洗練されていて美しく、カガリは何となく恥ずかしくなって目を逸らした。

「でも・・お前と踊りたい女の子たくさんいるだろう」

「カガリ・・それって・・」

カガリのその言葉にアスランは少し驚いたようだった。

「何だよ?」

何か、おかしいことを言ったのだろうか。
でもたくさんの令嬢からダンスを申し込まれていたのはまぎれもない事実だ。

「・・・いや。気にしないでくれ。でもそれを言ったら、カガリだってあんなにダンスを申し込まれていたじゃないか」

一瞬アスランが何か言いたげにしたが、それはすぐに飲み込まれたようだった。

「私はアスランと違って、踊りたくなんかなかったぞ。それなのに何であんなに人がくるんだ」

「カガリ・・」

少し呆れたようなアスランの声音。
でもそれは響きだけで彼の翡翠色の瞳には何ともいえない複雑な光が宿っていた。
切なさが入り混じったようなその瞳で見つめられ、カガリは動けなくなる。
アスランのこんな顔を、見たことがあっただろうか。
逸らしたいけど、逸らせない。
まるで翡翠色の瞳に射抜かれてしまったように。
しばらく二人は見つめあっていたが、沈黙をやぶったのはアスランだった。
ふ・・と柔らかい微笑をして、張りつめた空気を穏やかにする。

「アス・・」

何とも言えない雰囲気がなくなったことに安堵しながらも、カガリが戸惑いがちにアスランの名を呼ぶ。
まるで目の前にいる藍色の髪の少年が自分の知っているアスランであると確かめるように。

「カガリ・・・スノードロップを見に行かないか」

その穏やかな声と表情はカガリのよく知るアスランのものだった。
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