鎖
(一体何の話だろう・・?)
パトリックの政務室に向かいながら、アスランは考えていた。
何か話があるときは、普段ならレイやデュランダルを通して伝えられていて、パトリック自らアスランを呼び出すなど滅多にない。
(明日のことだろうか・・)
デビュダントボールは格式ある一大イベントだ。
王子としての務めを立派に果たすように激励でも飛ばすつもりか。
「な、わけはないか」
「王子?」
小さく噴き出すアスランに斜め後ろを歩くレイが不審そうな顔をした。
「いや、何でもない。それより父上が何の話をするつもりか、レイは知っているのか?」
「いえ・・何も聞いておりません」
アスランは軽く後ろを向いていたが、レイの無表情な顔からは何も読み取れない。
「そうか」
レイが本当は知っているのか知らないのかは、別段気にすることではないとアスランは判断した。
どうせ、すぐにパトリックから話を聞くことになるのだ。
(それにしても・・・)
アスランは背後から付き従うレイの気配を背中で感じながら、彼のことを思う。
レイは滅多なことで表情を崩さない。
相手に腹のうちを読ませないことは、部下として大切な素質である。
(さぞかし、父上の役に立っていることだろう)
アスランは愛しい少女のことが思い浮かべる。
輝くような元気な笑顔。
金色のまつ毛を伏せた悲しい顔。
琥珀の瞳をきつくした怒った顔。
レイとは正反対の、ころころ変わる表情。
アスランにとって、その全てが愛おしいものだったが。
不意に、ある不安がよぎった。
パトリックの話が、自分の結婚についてだったら。
アスランは17歳で、しかも多くの貴族や有力者の娘から結婚を望まれている。
自分勝手な父のことだ、もう縁談の話をまとめていて・・・。
そこまで思考が及んだところで、アスランはふっと笑った。
パトリックが何と言おうと、アスランには心に決めた人がいる。
滅多なことでは父に逆らわないアスランだったが、これだけは譲るつもりはない。
アスランは毅然とした表情で、パトリックの政務室の扉をノックした。