遠ざかるアスランの背中の羽を見送ると、カガリはため息をついた。
すうっと身体の力が抜けていく。
知らないうちに緊張していたらしい。
カガリとアスランは10歳のときからずっと一緒だった。
お転婆なカガリに世話をやく優秀で優しいアスラン。
そんな関係はまるで兄妹のようで、カガリはアスランの傍にいるときは無条件で安心できた。
それなのに、お茶会のときから何かがおかしい。

「ラクスたちのせいだ・・」

(ラクス達がアスランのこと憧れの王子様とか何とか言うから・・)

それ以来、今まで何とも思ってなかったアスランの容姿に、見とれてしまう自分がいた。
端正な顔を近づけられて、美しいエメラルドの瞳で覗き込まれると、何故だか胸が苦しくなって直視できなくなる。

「何なんだよ、一体」

カガリはそんな自分の心の変化を受け入れられずにいた。

「カガリ!」

戸惑いを振り切るように頭をぶんぶん振っていると後ろから声を掛けられた。
振り返った先にいるのは、漆黒の髪に赤い瞳を持つ少年。
カガリの天敵。

「シン・・」

「兄上は?」

「陛下に呼ばれて・・」

「あ、そう」

シンが歩幅を広めてカガリの隣に追いつき、そのまま歩みを合わせてきた。

「・・・」

カガリはシンが苦手だ。
国王の甥であるシンもアスランとカガリと一緒にこの城で育ち、二人とは二歳下だけれども、科目によっては同じ家庭教師の元で学ぶこともあった。
互いに感情直下型のカガリとシンは幼いころからよく激突していたが、ここ数年ではシンが一方的にカガリをなじるようになっていた。
感情を剥き出しにする点では二人は同じでも、シンの物言いと目の付け所は少し嫌味たらしい。
カガリの気にしていることを、容赦なくはっきりした物言いで突きつけてくる。
それが年数を重ねるごとに、カガリのコンプレックスをえぐるようになり、カガリはシンに言い返すことができなくなってしまっていたのだ。

「あのさ・・」

しばらく無言で歩いていた二人だが、不意にシンが声を出した。

「オ・・オーブには、今度いつ帰るの?」

「え?」

カガリの戸惑うような声に、シンは舌打ちしたくなった。

(何言ってるんだ、俺は)

気まずい空気を何とかしたくて、とにかく何か喋ろうとしたのだが、口から出てきたのは意味不明な問い。
確かにカガリは年に一回程オーブに帰省しているが、この場ではあまりに見当はずれの質問だ。
それに、シンがカガリに言いたかったことは別にある。

「う・・うん・・一応来月の予定だ・・」

「あ、そう・・」

会話はすぐに終了し、再び流れる気まずい空気。
ハイネやディアッカみたいに話が上手だったらと、シンの脳裏にどんなときでも会話を盛り上げる年長者たちの顔が浮かぶ。

「じゃあ・・私こっちだから」

「え」

いつものまにか渡り廊下を過ぎて、城の中門にたどり着いていた。
カガリは南の居住、シンは西の居住なのでここが分かれ道だ。
しまったと慌てるシンの返事を待つこともなく、カガリが小走りで南の居住へ帰っていく。
シンとあまり一緒にいたくないのだろう。

「ちょっと・・待って!カガリ!」

遠くなる白い羽をシンは呼び止めたが、声が届かなかったのかカガリの姿は城の中に消えてしまった。

「はあ・・」

何をやっているのだろう、自分は。
怯えさせたいわけじゃないのに。
伸ばした手をゆっくりと下におろして、シンはため息をついた。
シンはただ、誘いたかっただけなのだ。
デビュダントボールの初めの一曲は社交界デビューとして、参加者たちがそれぞれ決められたパートナーと踊る。
けれど二曲目からはデビュダントボールの参加者だけでなく、招待客全員がホールでダンスを踊ることができるし、参加者もパートナーをチェンジして誰と踊っても構わない。
その二曲目、全員参加が解禁される最初の一曲を、シンはカガリと踊りたかったのだ。
ハイネからアスランの想いを聞いたとき、最初は信じられないと驚いたが、次に感じたのは不快感だった。
尊敬するアスランがあんな女を。
そう思って苛立つのかと思っていた。
けれど大切そうにカガリを腕の中に納めて踊るアスランを、ダンスの練習中に横目で伺うたび、シンの胸に溢れるのは別の感情。
自分も、あんな風に踊りたいと思ったのだ。
白い蝶の姫を腕に納めて、優美な音楽の流れるホールを舞いたいと。

「別に、明日言えばいいか・・」

そう自分に言い聞かせて、シンはゆっくりと西の居住に帰っていった。
12/70ページ
スキ