鎖
アスランがパトリックに呼ばれたのは、デビュタントボールの前日だった。
その日アスラン達は、当日の舞台であるホールでリハーサルを行っていた。
朝から晩まで丸一日を費やして、リハーサルと衣装合わせも終わり、ハイネの「明日はとにかく楽しめよ!」という一言で解散になった。
「あー明日はついに本番かあ・・緊張するなー」
「頭真っ白になっちゃいそう」
明日にせまった大舞台への緊張と不安、そして期待を胸に参加者たちがぞろぞろとホールを出る。
みっちりとリハーサルを行ったおかげで、城の離れにあるホールと城をつなぐ渡り廊下は真っ暗だ。
「アスラン・・明日どうしよう」
参加者の一団と城へ向かっていたカガリが、シャツの襟元をぎゅっと握りしめる。
「カガリ・・不安なのか?」
「失敗しないか心配なだけだ!」
返ってきたのはカガリらしい答え。
それを不安というのだと思いながら、アスランは強がるカガリに柔らかい笑みを向けた。
「大丈夫だよ。ここ数日で完璧にこなせるようになったじゃないか」
「練習と本番は違うじゃないか」
「大丈夫。何かあったら本番でも俺がちゃんとカガリをフォローするから」
アスランがそんなことは、さも当然という風に言うので、カガリはなんだかいたたまれない気持ちになってしまう。
何故彼はこんなにも優しいのだろうか。
戸惑いと困惑。
だけどそれだけではない。
アスランに守られているという絶対の安心感。
それが何故だか嬉しかった。
「アスラン・・」
怒るべきなのか、お礼を言うべきなのか、どうすればいいのか分からない。
それでも何か言おうと、カガリが逸らしていた琥珀の瞳をアスランに向けたときだった。
「王子」
凛とした声で、アスランを呼ぶ人物。
アスランとカガリが視線を向けると、一人の青年が城に戻る一団の動きとは反対にこちらに向かってきていた。
「レイ」
青い目で金髪の美しいこの青年はプラント現国王の側近で、アスランとパトリックの連絡役を行っている。
「どうしたんだ、こんなところまで。わざわざ迎えにこなくても、もうしばらくしたら城に着くのに」
「国王陛下がお呼びです」
「父上が?」
アスランが軽く目を見開く。
アスランの父でプラント現国王であるパトリックは忙しく、ほとんどアスランと顔を合わせることがない。
何か用事があるときも、レイやデュランダルに言伝を頼んでいて、パトリック本人がアスランを呼び出すことなど、年に数回程しかなかった。
「分かった。すぐに行く」
アスランはレイに返事をすると、横にいるカガリへと視線を向けた。
「ごめんカガリ。ちょっと父上のところに行かなきゃならなくなった」
「ああ、早く行ってこいよ。お前と陛下は一緒にいられる時間が少ないから、ついでに色々話してこい」
早口でそう言ったカガリにアスランは軽くうなずいてから、レイを携えパトリックの元へ向かった。