ウィークポイント





「お前、よくも邪魔してくれたな!」

キラが去ったあと、部屋に残った微妙な空気を一蹴するように、カガリは勢いよく立ち上がった。

「一体何故こんなことしたんですか」

「そんなの私の勝手だろ!お前に詮索される筋合いはない」

「キラを奪って、俺を傷つけようとでも?」

冷静に見つめてくるアスランに、カガリの勢いが詰まった。

「な、なんでそれを・・・」

「姉上の考えそうなことです」

やれやれとアスランは僅かに首を振った。





カガリとアスランはプラントでも有名な財閥の一族として産まれた。
一族の名に恥じぬよう、カガリは必死に勉強や運動に取り組み、それこそ血の滲むような努力をしてきた。
しかし、カガリの三つ下の弟であるアスランは、そんなカガリが血反吐を吐く思いで勝ち取った栄光を、当たり前のような顔をして、やすやすと成し遂げてしまうのだった。
類まれな秀才に、周囲はさすがザラ家の跡取りだと賞賛し、アスランは常に羨望の眼差しの中にいて、女であり何もかもがアスランに劣るカガリの立場などまるでなかった。
そのくせ喧嘩でもしようものなら、女の子のくせにはしたない、姉のくせに大人げないと怒られるのはいつもカガリばかり。
そうした生活を送る中でカガリのアスランへの憎悪は日に日に増していき、なんとかアスランを傷つけられないかと考え、幼いカガリはアスランの持ち物を攻撃しようと思い立った。

「アスラン、いうことをきかないと、これこわすぞ!」

「あねうえ、くだらないことはやめてください」

「うるさい!なまいきなこというと、こうだぞ!」

「・・・・ああ、こんなことして、あとかたづけはどうするんです。おこられるのはあねうえですよ」

しかし、カガリがどんなにオモチャや本を壊したり隠したりしても、アスランは全く応えていないようだった。
それでやっとカガリは合点がいったのだ。
アスランには大切なものがない。
周りに興味が無く、失って困るものなど何ひとつないのだと。
それからただひたすら、カガリは耐えるしかなかった。
いつも優等生ぶって、その柔らかい微笑で周囲を欺いているのに、何故誰も気が付かないのか。
弱みというのは、失って怖いもののことなのに、アスランにはそれがない。
そんな悪魔のような人間を、何故皆がチヤホヤするのか。
カガリはそれが許せなかった。
しかし、耐え忍ぶこと十数年、カガリについにチャンスが訪れた。
この間の長期休みに高校の寮から実家に帰省したアスランと父親との会話を盗み聞きしたときのことだ。

「アスラン、怪しい科学者の息子と校内での行動を共にしているらしいじゃないか」

「さすが父上、よく調べていますね。確かにキラは変わった奴ですが、いい友人ですよ」

障子に耳をあてたまま、カガリは思わず息を止めた。
感情の無いアスランの口から友人なんて言葉が出るとは思わなかった。
同時に直感したのだ。
そのキラという友人が、アスランにとって生まれてはじめての弱みなのだと。







「でも、少しも動じなかったみたいだな、今回のことでよく分かった。お前には心ってものがないんだ。本当に悪魔みたいな奴だな!」

瞳を強めて、カガリは言い放った。
アスランの親友であるキラをものにしようとしても、彼は全く傷ついていないようだった。
なにせ、キラを部屋から追い出してしまったのだ。

「そんなことはない。狙いどころは良かったみたいですよ。姉上にとってはもろ刃の剣でしたけど」

アスランは大股で数歩踏み出して、あっという間にカガリとの距離を詰めると、そのままカガリを腕に抱いた。

「わ・・・っ」

「俺が動じてないなんて、よく言えますね。今回ばかりは怒りで血が煮えそうだ」

ぴたりと密着した身体から、制服のシャツ越しでも熱が伝わってきた。
どくどくという鼓動も聞こえて、カガリは激しく動揺した。
アスランが自分を抱きしめているなど、信じられなかった。
一体何が起こったというのか。

「ア、アス・・・」

「他の男のものになるなんて許さない」

「え・・・お前、何言って・・・ひゃあっ」

アスランの真意を確かめる前に、膝裏をすくわれ、カガリの華奢な身体はあっという間に抱き上げられた。

「チェックアウトは明日の十一時でしたよね、このホテル」

「え、え?」

戸惑うカガリを無視して、アスランはベッドルームにあるクイーンサイズのベッドにカガリを横たえた。

「アスラン、何を・・・っ」

アスランはそのままカガリの細い体の上に覆いかぶさった。

「俺に心が無いなんて、よく言えますね」

「え、だって、その・・・、って、お前、離せ」

「俺の弱み、知らないのはカガリだけだ」

「え・・・っ?・・・っあ、ちょっ・・・やっ」

いつのまにか名前で呼ばれていることにも気が付かずに、アスランから逃れようとしてもがいたカガリだったが、のけぞったせいで逆に露わになった首筋をきつく吸われてしまった。

「きゃう・・・っ」

「君が悪い。俺にだって我慢できないことはある」

「・・・っぁ、あっ!」

カガリの甲高い声を皮切りに、アスランの骨ばった綺麗な手が、その身体をまさぐりはじめたのだった。










「お前、何をしたか分かってるのか」

独特の倦怠感が満ちる部屋で、カガリは寄り添うアスランを睨み付けた。
しかし、初めての交わりで体力的にも精神的にも疲労しきって、その琥珀の光はいつもよりずっと弱かった。
ベッドから這い出る力も残っておらず、やむなくアスランと二人、ベッドに横たわったままだった。
アスランはどこか満足したような表情で、片手をカガリとベッドの間にもぐり込ませ、もう片方の手でカガリの髪を撫でていたが、少し考え込むような顔をした。

「皆が知っていることだから言うけど、カガリはザラ家の養女なんだよ」

「えっ?」

疲労でとろんとした琥珀の瞳が、一気に覚醒した。

「そんな、嘘だ!」

「嘘じゃない。君はアスハ家の子供で、二歳のころご両親をなくしてザラ家に引き取られた。知らないのは君だけだ」

アスハ家といえばオーブの由緒正しい家柄だが、十年以上前に没落し政界から消えていた。

「じゃあ私は、ザラ家とは縁も所縁もないのか」

カガリの顔から血の気がみるみる引いていく。
アスランの口調から敬語が消えていることにすら気がつかない。
無理だと分かっていながら、アスランを蹴落としザラ家の跡取りになるという淡い夢は、本当に夢だったのだ。

「残念ながらな。でも、カガリが正式なザラ家の一員になる方法がひとつだけある」

細身なのに逞しい肩や胸を露わにしたまま、一呼吸置いてアスランは言った。

「俺と結婚すればいい」

「はあ?!」

驚きのあまり、思わずカガリは声を上げた。

「そんな、なんで私がお前なんかと、ふざけるなよっ」

ずっと敵だった弟と結婚など冗談じゃなかった。
アスランは世界で一番憎い男なのだ。
いつでも真面目な顔と上品な笑みで本性を隠す、人の心を持たない悪魔なような男。
しかし悪魔のはずのアスランは悲しそうにエメラルドの瞳を伏せた。

「カガリに認められたくてずっと頑張ってきたのに、君は俺を毛嫌いする。どうしてなんだ、カガリ」

「え・・・」

「どうしたら俺を受け入れてくれるんだ。十年以上嫌われ続けるのは辛い・・・」

「ア、アスラン・・・」

傷つき弱々しげな少年の姿に、カガリの心は揺さぶられた。
先ほどの冷徹で恐ろしい彼はもういなかった。
虐げられてきたのはカガリのはずなのに、これでは自分が悪者のようではないか。
それに今のアスランの言葉をカガリは頭のなかでもう一度繰り返した。
カガリに認められたいって、それって。

「お前、まさか、私のこと・・・」

「俺の気持ちなんて、カガリ以外は皆気付いている。君のことを知らないキラにだって言い当たられた」

「・・・私の知らないこと、ばっかりなんだな」

思わず感嘆してしまう。
同じ次元で生きていたはずなのに、受け取る認識がこうも違うなんて。
でも、それも仕方のないことなのかもしれない。
憎くて堪らない少年の弱点が自分であるなど、普通は考えもしないだろう。
無理やりカガリの身体を開き、自分の障害でしかなかった、弟だと思っていた少年を、今はまだ受け入れることはできないけれど。
もうしばらくしたら、彼の弱点を上手く活かすことができるかもしれない。
何しろ初めからカガリが絶対的に有利な戦いのはずなのだから。














(Fin)
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