結婚前夜 【CE71】
(俺の幸せ・・・)
ラクスに言われたことを、ぼんやりと反芻しながら、アスランは来た道を戻っていた。
大切に思い続けていた人に、はっきりと引導を突きつけられた格好だったが、不思議と落胆することはなかった。
それどころか、不快感にいらついていた胸が、何故だか少し楽になったような気がする。
軽くなった心に浮かんできたのは、明日自分の妻になる人だった。
(カガリ・・・)
どんなに素気無くしても、自分のことを想ってくれた人。
今までは、それを煩わしく思っていたけれど。
本当はきっとそうではない。
(どうしていいか分からなかったんだ・・俺は)
母を亡くしてから、アスランを気にかけてくれる人はいなかった。
もちろんザラ邸の使用人や、ザフトのメンバーなどでアスランを気にしてくれる者もいたが、それはあくまで義務的なものだったり、軽い仲間内でのものだった。
本当の意味で、アスランの深いところに踏み込んできてくれる人はいなかったのだ。
だから、カガリのまっすぐな行動に、言葉に、瞳に、アスランは戸惑ったのだ。
他意のない、純粋な自分への想いは、母が亡くなってから久しく与えられていなかったものだから。
(カガリは今、どうしているだろうか・・・)
先に帰ってくれと言ったけれど、会場にはまだいるだろうか。
いや、あんなことがあった後だ。
おそらくパーティーは早めにお開きになったのだろうとアスランは推測した。
(カガリ・・)
きっと彼女はもう家に帰っているはず。
明日の式に備えて、もう眠っているかもしれない。
けれど、カガリが眠ってしまう前に、話しがしたかった。
(知りたい。君のことを、もっと・・・)
今なら、上手く話せる気がする。
そんなことを想いながら、アスランは帰路に向かった。
ザラ邸にたどり着き玄関を開けると、屋敷に満ちていたのは明日の結婚式への高揚感ではなく、慌ただしくざわついた異様な空気だった。
(何だ・・?何かあったのか?)
異常事態に玄関で戸惑っているアスランを見とめた使用人が、必死な形相で走り寄ってくる。
「アスラン様、一体どちらに!何度電話してもお出にならないし・・!」
「電話・・・?」
上着から携帯電話を取り出し電源を付ければ、すごい数の不在着信が残っていた。
ザラ邸の番号もあれば、ディアッカや二コル、キラの番号もある。
「ずっとオフにしていたんだ・・・何だ?何かあったのか?」
会場を後にするとき、アスランは携帯電話の電源を切っていた。
ラクスと二人きりの車内、無粋な電話やメールに邪魔をされたくなかったからだが、アスランは携帯の電源を切ったことを後悔した。
おびただしい数の着信履歴。
慌ただしいザラ邸。
何か、重大なことがあったのだ。
とてつもなく、嫌な予感がする。
「カガリ様が・・・」
カガリが?
俺の婚約者が?
「カガリ様が・・カガリ様が・・・帰宅途中に交通事故に合われてっ」
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