結婚前夜 【CE71】
一台のエレカが、ネオンに彩られた夜の街を走り抜けていた。
颯爽とした走りだったが、しかしハンドルを握るアスランの心は何故か重かった。
隣の助手席に座っているラクスは、今までも、これからも想い続ける、大切な人。
他の人間と結婚したとしても、それは変わらない。
そのはずなのに。
(何で・・・)
胸に感じるのは、もやもやとした違和感だった。
エレカに乗り込んでからの道中、アスランはずっとこの不快感に襲われていた。
――――俺にとっては、ラクスのほうが大事なんです!
勢いで出た言葉だったが、アスランにとって、それは絶対的な真実だった。
カガリなど、最初から愛しても、愛す気もない。
政略結婚の駒として、大人しく自分の役割を弁えてくれればいいのに、それさえできない愚かな女。
無遠慮に自分の神経を逆なでることばかりする。
ラクスと比べるまでもない。
ラクスはアスランの大切な婚約者だった。
それは絶対的な真実。
それなのに。
(どうして・・・)
アスランはハンドルを握る手に力を込めた。
ただ機械のように、頭のなかにインプットされたクライン邸への道筋を走ることに専念する。
無言のドライブ。
想い続けたラクスと二人きっりの空間も会話も味わうことなく、アスランは胸に巣食う、不快なまでの違和感に耐え続けていた。
「有難う、アスラン」
クライン邸の前に車を止めると、車中ずっと無言だったラクスが口を開いた。
「いえ・・・」
目的地に着いたことさえ、何だか実感が湧かなかったが、慣習とは身体に染みついたもので、アスランは機械的にラクスのシートベルトを外した。
(早く、帰りたい・・・)
あんなにもラクスを送っていくと主張した自分なのに、今では早くこの場を後にしたくて堪らなかった。
もやもやとした違和感が胸を圧迫し、呼吸さえ何だか苦しいような気がした。
それなのに、シートベルトが外されても尚、ラクスはシートから立とうとしない。
(ああ・・・ドアを開けなきゃ・・・)
エレカのドアを開けてやるため、外に出ようとしたアスランだったが、その前にラクスが言葉を続けた。
「明日は結婚式ですのに、申し訳ありませんでした」
「いえ・・・送っていくと言ったのは私ですから」
その言葉通り、頑なに送っていくのだと主張して、ラクスを車に乗せたのはアスランだ。
今から思うと、その必死さが不思議だった。
そうしないと自分の軸がぶれると、そんな危機感を感じていたのかもしれない。
だが、どうしてそんな危機感を覚えたのか、その理由がアスランには分からなかった。
「わたくしが大切だから・・・ですか?」
真正面のフロントガラスを見つめたまま、ラクスはアスランが先ほど口にした言葉を繰り返した。
思えば、ラクスはあれから今までずっと無言だった。
彼女はアスランの発言に対してどう思っているのか。
そう考えると、決まりが悪かった。
おまけに発したアスランでさえ、何故自分がそんなことを口走ったのか、今ではよく分からないのだ。
意図を尋ねられても、答えられない。
そんな負い目から、彼女の顔を直視できず、アスランは気まずそうに俯いた。
「ラクス、あの・・・」
「結婚式を迎える前に、今一度ご自分の気持ちと向き合ったほうがいいかと思いますわ」
「え・・・」
「元、婚約者として、貴方に教えて差し上げますわ。貴方は別にわたくしを愛してはおりませんでした。アスランは真面目でお優しい方ですもの。そう思い込もうとしただけですわ」
唖然とするアスランに、ラクスは美しい弧を口元に描いた。
「過去の幻想に捉われずに、貴方は幸せになってよいのですよ」