第一夜

クライン邸から戻る車のなか、アスランはハンドルを握りながら、つい先ほどのことを考えていた。

(俺はラクスにふれらたのか・・?)

あまりにもあっさりと婚約破棄を告げられ、その事実がどうしても現実味を帯びなかったが、時が経つにつれてやっと事態が飲み込めてくる。

(相手が、ただの学生だなんて・・)

キラという名のラクスの恋人は、ラクスのコンサートに運営のアルバイトで来ていた学生らしい。
身分や地位に捉われないアスランだったが、名門クライン家の一人娘であり、歌手でもあるラクスが、ただの一学生と恋仲になるなど想像できなかった。
それも、出会ってすぐに。

(俺とは5年も一緒だったのに・・)

キラという学生は、アスランとラクスが5年かけて築きあげたものを、ほんの数週間であっという間に飛び越えてしまったのだ。
そんな簡単に捨ててしまえるものなのだろうか、アスランと過ごした穏やかな時間は。

――――キラにお会いして初めて、わたくしは愛というものを知りました

(俺たちの間に愛はなかったっていうのか・・そんなはずない。少なくとも、俺は・・・)

先ほどラクスに言われた言葉を思い出し、アスランはハンドルを強く握った。







「アスラン、ラクス嬢に婚約破棄されたらしいな」

ザラ邸に帰宅した途端、アスランはパトリックの書斎に呼び出された。
ラクスの話はどうやらシーゲルからパトリックに既に伝わっていたらしい。
息子に優しい言葉ひとつ掛けたことのないパトリックは、今回も息子の心情を考慮することなく、開口一番にそう言った。

「父上、私はまだそれを了承したわけではありません」

胸の痛みに耐える為、それと自分の不甲斐なさをどれだけ父に咎められるかを考えて、アスランはしばし押し黙ったが、呻くように答えた。
しかしパトリックから返ってきた返事はアスランの予想だにしないものだった。

「いや、ラクス嬢との結婚は破断だ」

「えっ?」

「その代わり、お前はオーブのアスハ代表の娘と結婚するのだ」

「父上?仰ってる意味が解りません」

「言葉通りの意味だ。ラクス嬢の代わりに、アスハ代表の娘と結婚しろ。その方がプラントの為になる。シーゲルの娘よりアスハ代表の娘のほうが、今後のザラ家を考えたときに価値が高い」

「そんな・・父上、無茶苦茶です。だってラクスとは5年も前から・・」

「5年前はプラントと地球が冷戦状態だったからな。やっと両者の関係に光が差し込んできた今がチャンスなんだ、アスラン。このタイミングで婚約破棄をしたラクス嬢にむしろ感謝するんだな」

「父上、本気でそんなことを仰っているのですか?」

「どちらと繋がりを結んだほうが、己の利益に繋がるか。それが結婚相手を選ぶ基準だ」

「だからと言って、そんな急に・・!」

「拒絶は許さない。この話はもう決まったことだ。分かったら出ていけ」

(そんな・・・嘘だ・・・ラクス・・・)

あまりの衝撃に打ちのめされ、おぼつかない足取りで私室に戻ると、アスランはドアに背を預けながらへたり込んだ。
突然の婚約破棄に、新たな縁談。
まるでアスランの意思に関係なく動く、巨大な歯車に乗せられたようだった。

(ラクス・・君は・・俺が君を愛していないと思っていたのか・・・)

そんなはずはないのに。
不器用だったかもしれないが、アスランはアスランなりにラクスを愛していた。
クライン邸に向かう時の胸の高鳴り。
その途中、目に留まった花屋で薔薇の花束を買った時の、気恥ずかしさ。
花束を渡して喜んでもらったとき、恥ずかしいけど買って良かったと思った。
ラクスと過ごした5年間。
それは確かに、アスランにとって大切な時間だった。
それが一瞬で泡のように消え去ったのだ。

(こんなに簡単に、君は俺の心を斬り捨てるのか・・)

アスランは蹲ったまま、そこからしばらく動けなかった。
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