結婚前夜 【CE71】

心臓がドクドクと激しい音を立てて、脈打っていた。

(うそ・・・だよな・・・)

カガリは裏口の扉の前に立ち尽くしていた。
夜風に当たって、泣き腫らして火照った顔と身体を冷まそうと思ったのだ。
しかし、裏口の扉に手を掛けたとき、外から聞き覚えのある声が聞こえた。

(アスラン・・?)

ラクスの声は聞こえないが、どうやら二人はまだ裏口付近にいるらしい。
盗み聞きするのは、カガリの性に合わない。
本来の彼女だったら、すぐにこの場から立ち去っただろうが。
魔が差した、というのだろうか。
いや、アスランとラクスが二人きっりでどんな会話をするのか、それがどうしても知りたい。
そんな好奇心に負けてしまったのかもしれない。
そしてその先でカガリが耳にした言葉。


―――俺にとっては、ラクスのほうが大事なんです!


アスランがラクスに好意を持っていたのは知っていた。
カガリには必要が無ければ言葉一つ掛けないアスランが、ラクスには大量のハロをプレゼントしていたことで、それは明らかだった。
けれどそれは過去のことだと思っていた自分の滑稽さにカガリは眩暈がした。



―――アスランはラクスのこと、今でも・・・。














(あれ、私・・・・)

気が付いたら、ハイヤーに乗っていた。

(そうだ・・パーティーはお開きになったんだ)

裏口から震える足で広間に戻って、会場から帰宅する出席者たちを礼を言いながら笑顔で見送った自分が、どこか夢のようで。
どうやって会場を後にしたかさえ、よく覚えていなかった。
静かに走るハイヤーの窓の外には、映りゆく夜の街。
プラントの首都、ディゼンベルの夜景。
瞬くネオンは美しいけれど、カガリの帰りを待っていてくれる灯りはない。
ザラ邸に帰宅すれば、たくさんの使用人がカガリの帰りを迎えてくれるし、明日の結婚式は多くの人の注目を集め、たくさんの人が参列してくれる。
しかし請われているのは、オーブ首長国連合代表の娘カガリ・ユラ・アスハであって、カガリ個人を求めている者は誰もいないのだ。
未来の夫でさえも。
初めは名実ともに夫婦になりたくて、アスランに近づこうとしたカガリだったが、その全てを拒絶されて。
でも、今考えればそれは当たり前だった。
アスランはラクスのことを今でも想っているのだから。


「・・・・っ」

涙が溢れた。
控え室であれだけ泣いたのに、流れ落ちる涙は尽きることがないようだった。
運転手に気付かれると思っても、止めることはできなかった。

「うっ・・うぅ・・ふっ・・」

全てが嫌だった。
どんなに想っても、アスランが他の人を見ているという悲しさも。
それなのに、必死に彼の気を引こうとしていた自分の愚かさも。
親友のラクスを嫉妬する醜さも。
その全てが辛くて惨めで堪らない。
もう限界だった。
プラントに居を移してから、カガリの耐えてきたもの全てが一気に流れ出る。

「くっ・・ぅうっ・・ぅ・・・」

アスランのことを諦めてしまえば、楽になれる。
この苦しみから解放される。
それなのに、カガリにはどうしてもそれができない。
アスランのことを、好きになってしまったのだ。
この気持ちはもうどうしようもなかった。

(嫌だ・・苦しい・・・・助けて)

胸が、心が押しつぶされるようだった。
プラントにやってくるまで、こんな苦しい気持ちがあるなんて、カガリは知らなかった。

(戻りたい・・・あのころに・・)

父に、乳母に、友人たち。
太陽の降り注ぐ祖国で、暖かく優しい人たちに囲まれていたあの日々に。
恋など知らなかったあの頃に。
そうすれば、恋の苦しみなど知らず、幸せに暮らすことができる。

(戻りたい・・・!戻りたい・・)

アスランに出会う前の自分に・・・!











そう強く願ったとき、けたたましいブレーキ音と、激しい衝撃を感じて、カガリの意識はそこで途絶えた。




















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