結婚前夜 【CE71】
―――ラクスは今日はもう帰ったほうがいい。俺が送っていく
先ほどのアスランの言葉が、頭のなかで反響する。
―――キラがいないし・・クライン邸の場所を知っているのは俺だけだ。こんな状態のラクスを一人ハイヤーに乗せる訳にはいかない
確かにその通りだ。
カガリにだって、それはよく分かっている。
あんな怖い目にあったラクスを放っておくことはできない。
それは、分かっているのだが。
アスランとカガリは明日結婚するのだ。
それなのに、その前日に一人置いて行かれた哀しみは、他の女性を送る婚約者を見送る苦しみは、そんな次元をはるかに超えてしまっていた。
―――だから悪いけど・・・今日は一人で帰ってくれるか?送り返してすぐにこっちに戻ってこれるか分からないから
(嫌だ!!嫌!!そんなの絶対に嫌だ!!)
本当はそう言いたかった。
一人では帰れないと。
アスランは、ここに居てくれと。
首を振って、泣き叫んでやりたかった。
けれど、そんなことは出来るはずもない。
大勢の人の前でそんな失態は曝せない。
それに何より、そんなことをしたら、アスランにどれほど嫌われるか。
アスランからカガリに求められた役割は、物わかりのいい婚約者を演じることなのだった。
嫌だ・・・アスラン、行かないで・・・
ラクスを支えるように、フロアを出ていくアスラン。
遠ざかっていく背中に、そう言えたら、どんなに良かったか。
けれど言えるはずもなく、二人は今頃アスランの運転するエレカで、クライン邸へと向かっているのだろう。
カガリは一度も乗せてもらったことが無いエレカ。
それなのに、アスランが結婚前夜であっても、そのエレカで家まで送って行ってもらうラクス。
どうしてラクスばかりと、カガリの胸に先ほど封印したはずの、どす黒い感情が再び湧き上がり、渦を巻く。
それは、先ほど封印したものよりも、ずっと暗く激しく、あっという間にカガリの全身を支配した。
(嫌だ・・・私・・・)
ラクスに、嫉妬している。
駄目だと思っても、止められなかった。
ラクスは親友なのに。
ラクスはあんな怖い目にあったというのに。
(嫌だ・・・醜い・・!)
ラクスは怖い目にあったのだ。
結婚前夜だろうが、ラクスを送っていくアスランを、快く見送らなければいけないのに。
それなのに、ラクスが連れたハロを見るたび、
アスランがラクスを助けた光景を思い出すたび
、黒い感情が際限なく湧き上がる。
(・・・・・・・こんな自分は、嫌だ)
己の醜さに、カガリは戦き、そんな自分を激しく嫌悪した。
そうして泣き続けて顔を上げれば、控え室に用意された鏡に、酷い顔の自分が写っていた。
泣きはらして真っ赤になった目と顔。
こんな顔で、人前で出るわけにはいかない。
アスランとラクスに注目は持っていかれてしまったが、カガリも一応今日の主役なのだ。
本当は時間を忘れて思う存分泣いてしまいたかったが、そういうわけにもいかない。
先ほどのアクシデントで、パーティーは予定していた時間よりもずっと早くお開きにすることになった。
主役として、招待客を見送らなければならない。
(顔の火照りを、覚まそう・・・)
カガリはよろよろと立ち上がると、新鮮な夜風を求めて、裏口へと向かった。