結婚前夜 【CE71】
運動神経の良いにもかかわらず、カガリはダンスが苦手だった。
それでも迷惑を掛けたくなくて、必死でアスランのリードに付いていくうちに、段々とコツがつかめてきて、アスランの様子を伺う余裕が出てきた。
だから、分かったのだ。
アスランが腕に抱いているカガリではなく、どこか遠くを見つめていることに。
アスランの頭に、カガリのことなど、ほんの少しも占めてはいない。
それは分かっている。
それはよく分かっているけれど。
身体の触れ合うところから、手をつないだところから、アスランの感触と体温を感じて、胸が切なさでいっぱいになってしまう。
アスランの温かさや、しなやかな骨格。
それらは、カガリが初めて感じるものだった。
婚約者と紹介されてから今日まで、アスランと触れ合ったことがなかったからだ。
だから彼が義務的にダンスを踊っているだけであっても、カガリの胸には、じんわりと喜びが広がっていく。
エメラルドの瞳もこちらに向けて欲しいと、一度でいいから自分を見て欲しいと願ってしまう。
―――アスラン
その切ない欲求に抗え切れず、カガリが婚約者の名を呼ぼうとしたその時、唐突に繋いだ手を振りほどかれ、突き飛ばされていた。
――――え
突然のことに呆然としていると、あちこちから悲鳴が上がり、一気にフロアが騒がしくなった。
―――何が・・起こったんだ?
アスランにも、この会場にも。
頭の端ではぼんやりとそう思うのに、カガリは動くことができずに突っ立っていた。
アスランに振りほどかれた際に、アスランの手とぶつかったのだろう。
ジンジンと手の甲が痛む。
「ラクス様!!」
「ご無事ですか!!ラクス様!!」
そんな声が聞こえて、カガリはようやくラクスに何かあったのだと気付いた。
人だかりの隙間から、座り込んだアスランがラクスを抱きしめているのが見える。
(ああ・・・アスランがラクスを助けたんだ・・・)
何があったのかはよく分からない。
しかし、そのいたく単純な事実だけは、回らない頭でも、簡単に悟ることができた。
歌姫と騎士。
蹲るラクスと、その彼女を守るように抱きしめるアスランは、ファンタジー小説に出てくるようなそんなフレーズがぴったりと嵌るくらい美しかった。
あまりにもお似合いの二人の前では、置き去りにされ、こんなところに一人ポツンと突っ立っている騎士の婚約者である自分は、傍から見たらとんでもなく惨めに映っているだろう。
ぼんやりとそんなことを思って、カガリはふらふらと二人のもとへ向かう。
ラクスを抱き込むアスランの様子は、皆に悟らせるものがあったのか。
一人置き去りにされた婚約者を哀れに思ってか、ギャラリーたちがカガリに道を開けてくれた。
アスランの心には誰が住まうのか、聡い人間には分かってしまったのだろう。
同情の視線をありありと感じながら、カガリは二人の前に歩み出た。
「アスラン、ラクス、大丈夫か?まさか・・・こんな」
どこか現実味を帯びない、自分の声ではないような。
喋りながら、意識はどこか別のところにあるような気分で、気が付いたときには、アスランがラクスを送っていく運びになっていた。
アスランとラクスはすぐにフロアを後にした。
その後ろ姿を見送って、カガリは一人、アスランとカガリの為に幹事が用意してくれていた控え室へ向かった。
本当はすぐにでも駆け込みたかったが、周りの目もありずっとこらえていたのだ。
ドアを後手で閉めると、カガリはずるずると入り口の壁にもたれかかる様にして座り込んだ。
この部屋には、自分以外誰も来ない。
そう思った途端、悲しさ、辛さ、惨めさが、一気に胸に押し寄せきた。
フロアでどこか夢うつつだったのは、思考を鈍感にするという、無意識的な自己防衛の為だったのかもしれない。
人前でみっともなく号泣しない為の。
そして、今、やっと一人になることができた。
もう我慢する必要はない。
「うっ・・・」
カガリの目から大粒の涙が流れ落ちた。
「うっ・・・ううっ・・・」
溢れ出る涙。
それはまるで決壊したダムのように。
「ううっ・・・くっ・・・ぅううっ・・・」
カガリは堰を切るように泣き出した。
それでも迷惑を掛けたくなくて、必死でアスランのリードに付いていくうちに、段々とコツがつかめてきて、アスランの様子を伺う余裕が出てきた。
だから、分かったのだ。
アスランが腕に抱いているカガリではなく、どこか遠くを見つめていることに。
アスランの頭に、カガリのことなど、ほんの少しも占めてはいない。
それは分かっている。
それはよく分かっているけれど。
身体の触れ合うところから、手をつないだところから、アスランの感触と体温を感じて、胸が切なさでいっぱいになってしまう。
アスランの温かさや、しなやかな骨格。
それらは、カガリが初めて感じるものだった。
婚約者と紹介されてから今日まで、アスランと触れ合ったことがなかったからだ。
だから彼が義務的にダンスを踊っているだけであっても、カガリの胸には、じんわりと喜びが広がっていく。
エメラルドの瞳もこちらに向けて欲しいと、一度でいいから自分を見て欲しいと願ってしまう。
―――アスラン
その切ない欲求に抗え切れず、カガリが婚約者の名を呼ぼうとしたその時、唐突に繋いだ手を振りほどかれ、突き飛ばされていた。
――――え
突然のことに呆然としていると、あちこちから悲鳴が上がり、一気にフロアが騒がしくなった。
―――何が・・起こったんだ?
アスランにも、この会場にも。
頭の端ではぼんやりとそう思うのに、カガリは動くことができずに突っ立っていた。
アスランに振りほどかれた際に、アスランの手とぶつかったのだろう。
ジンジンと手の甲が痛む。
「ラクス様!!」
「ご無事ですか!!ラクス様!!」
そんな声が聞こえて、カガリはようやくラクスに何かあったのだと気付いた。
人だかりの隙間から、座り込んだアスランがラクスを抱きしめているのが見える。
(ああ・・・アスランがラクスを助けたんだ・・・)
何があったのかはよく分からない。
しかし、そのいたく単純な事実だけは、回らない頭でも、簡単に悟ることができた。
歌姫と騎士。
蹲るラクスと、その彼女を守るように抱きしめるアスランは、ファンタジー小説に出てくるようなそんなフレーズがぴったりと嵌るくらい美しかった。
あまりにもお似合いの二人の前では、置き去りにされ、こんなところに一人ポツンと突っ立っている騎士の婚約者である自分は、傍から見たらとんでもなく惨めに映っているだろう。
ぼんやりとそんなことを思って、カガリはふらふらと二人のもとへ向かう。
ラクスを抱き込むアスランの様子は、皆に悟らせるものがあったのか。
一人置き去りにされた婚約者を哀れに思ってか、ギャラリーたちがカガリに道を開けてくれた。
アスランの心には誰が住まうのか、聡い人間には分かってしまったのだろう。
同情の視線をありありと感じながら、カガリは二人の前に歩み出た。
「アスラン、ラクス、大丈夫か?まさか・・・こんな」
どこか現実味を帯びない、自分の声ではないような。
喋りながら、意識はどこか別のところにあるような気分で、気が付いたときには、アスランがラクスを送っていく運びになっていた。
アスランとラクスはすぐにフロアを後にした。
その後ろ姿を見送って、カガリは一人、アスランとカガリの為に幹事が用意してくれていた控え室へ向かった。
本当はすぐにでも駆け込みたかったが、周りの目もありずっとこらえていたのだ。
ドアを後手で閉めると、カガリはずるずると入り口の壁にもたれかかる様にして座り込んだ。
この部屋には、自分以外誰も来ない。
そう思った途端、悲しさ、辛さ、惨めさが、一気に胸に押し寄せきた。
フロアでどこか夢うつつだったのは、思考を鈍感にするという、無意識的な自己防衛の為だったのかもしれない。
人前でみっともなく号泣しない為の。
そして、今、やっと一人になることができた。
もう我慢する必要はない。
「うっ・・・」
カガリの目から大粒の涙が流れ落ちた。
「うっ・・・ううっ・・・」
溢れ出る涙。
それはまるで決壊したダムのように。
「ううっ・・・くっ・・・ぅううっ・・・」
カガリは堰を切るように泣き出した。