結婚前夜 【CE71】


「ラクス、大丈夫ですか」

「ええ・・・。だいぶ落ち着きましたわ。有難う、アスラン・・・」


涼しい夜風がラクスの髪を揺らす。
アスランとラクスはクラブの裏口にいた。
一刻も早くエレカに乗りこみすぐにクライン邸へ向かっても良かったのだが、車に乗せるのはもう少しラクスが落ち着いてからのほうがいいと、アスランは判断し、裏口の階段で休むことにしたのだ。
喧噪と切り離された裏口で外の風に当たりながら20分程度休んでいると、階段に座っているラクスは弱々しくはあるが、微笑めるくらいには立ち直ってきた。

「折角の前夜祭でしたのに、こんなことになってしまって申し訳ありません」

しかし儚い笑みはすぐに消え失せ、代わりに桃色の睫が伏せられた。

「貴女のせいではありません。それに、あんな目にあったら誰だって怯えますよ」

命を狙われたのだ。
そのまま普通でいられる方がおかしい。

「そろそろ行きましょう。クライン邸まで送っていきます」

手を貸してラクスを立たせ、アスランはエレカを停めている場所に向かおうとしたのだが、不意にラクスが首を振った。

「有難う、アスラン。でもあなたはどうぞ会場に戻って下さいな。わたくしはもう、一人で帰れますから」

「何を言っているんです!こんな状態のあなたを一人で帰すなんてこと、できません!」

思いがけないラクスの言葉に、アスランは驚き、声を強めた。

「アスランは今日の主役です。途中で帰るなんて、いけませんわ」

しかしラクスは、弱弱しくはあるが諭すように言った。

「まして婚約者であるカガリさんを一人にするなんて、いけませんわ。わたくしはハイヤーを呼びますので、どうぞお気になさらずに・・・」

「ラクス・・・」

月光に照らされたラクスの顔は青白かった。
会話をするのも苦しそうで、立ち直ったというには程遠い。

(それなのに、どうしてそんなことを言うんだ・・・)

もっと甘えてくれていいのにと、アスランは歯がゆく思う。
ラクスにとっては愛が無い関係だったかもしれないが、4年以上も婚約者として過ごしてきた仲なのだ。

(それに、カガリなら大丈夫だ)

ラクスを送っいってやれ、自分は大丈夫だと笑顔で言っていた。

「アスランのお優しい気持ちは充分受け取りましたわ。有難う・・・。ですので、あとはカガリさんを労わってあげてくださいな」

そう言って、ハイヤーの手配を依頼するため、よろよろとクラブの受付に向かおうとしたラクスの手を、アスランは咄嗟に掴んだ。

「駄目です!言ったはずです、こんな状態のあなたを一人で返すなんて俺にはできないと!」

「アスラン?」

「俺にとっては、カガリよりもあなたのほうが大切なんです!」

それは、思わず出てきた言葉だった。
ラクスを送ることが、彼女を愛している自分の使命、忠義なのだと、無意識にそう思い込んでいたからかもしれない。

「俺が送りますから。こっちに」

自分の言葉を咀嚼する間もなく、唖然として言葉の出ないラクスの腕を掴んだまま、アスランは強引に駐車場に向かった。



ドアの裏で、立ち尽くす影があったことに気が付かないまま。






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