結婚前夜 【CE71】

俺の為に

また泣いているのだろうか



君は

























カガリのダンスはお世辞にも、あまり上手だとはいえなかった。
ステップはおぼつかなく、上体も安定していない。
アスランのリードについてくるので精一杯のようだった。
その未熟さに、今までのアスランだったら心のなかで悪態をついていたかもしれないが。

必死な面持ちのカガリを見つめ、湧き上がってきた感情は、しかし温かいものだった。

(おかしい・・・こんなこと)

けれども、アスランはそんな自分に戸惑っていた。
カガリのことを憎んでいるはずだった。
疎ましく思っているはずだった。
それなのに、一生懸命なカガリが可愛いだなんて。
そんな風に思うなんて、絶対におかしいとアスランは心のなかで否定した。









初めて見た泣き顔だった。

―――危なっかしくて、見ていられないんだ

そう言ったカガリの琥珀の瞳から、涙が音もなく流れたとき。
激しく心臓を揺さぶられた、そんな気がした。
説明できない感情の揺れが何だかとても怖くて、アスランはすぐにカガリを部屋から追い出したのだが、本当は気になって仕方がなかった。
あのとき、何故彼女は泣いたのだろうと。
アスランに冷たくされて泣くなら分かるのだが、アスランとパトリックの親子関係なんて、カガリには何の関係もないはずなのだ。
ザフトに戻ってからも、そんな風にカガリのことが気になって、ラクスのことより、カガリのことを想う時間が長いことに気が付いたとき、アスランは愕然とした。
ラクスを愛しているはずなのに、カガリのことばかり考えているなんて、潔癖で真面目なアスランには許せないことだった。

(カガリのことを考えるなんて・・・どうかしている。どうでもいいじゃないか、あんな女)

俺は絶対にラクスを裏切らない・・・。

誓う様に、そう自分に言い聞かせながら、ザフトでの訓練が忙しいことを理由に、式前日までザラ邸に帰宅せず、カガリとも顔を合わせないようにして、アスランは今日まで過ごしてきたのだった。








(少し、痩せたような気がする・・・)

久しぶりに見るカガリは、心なしか顔色が悪く、依然よりも一回り細くなっている気がした。

けれどもホールドを組んで、初めて触れるカガリの身体は柔らかく。
縋るように握られる指先が、愛おしくて。
―――愛おしい?
無意識に湧き上がった感情に、アスランは戸惑った。
愛おしいなんて、そんなはずはないのだ。
アスランが愛している女性は別にいるのだから。
アスランは流れるようなステップを踏みながら、大げさにならないようフロアを見渡した。
探していた桃色の髪の少女はすぐに見つかった。
彼女の大ファンであるというイザークと一緒に踊っている。
探していた人の姿が見つけられたことで、心に湧き上がる、安堵。

(そうだ、俺はラクスを愛している。だから・・・)

ずっとラクスを見守っていなければいけないんだ。
それは、カガリから意識を遠ざけるための、無意識的な逃げだったのかもしれない。
とにかくアスランはラクスを見つめることに全神経を集中させた。
だから、気が付いたのだ。
ラクスの近くでダンスを踊っていた青年が、彼女と肩が触れ合うくらい近づいた瞬間、ラクスに向かってナイフを振り上げたのを。

「ラクス!!」

アスランはカガリの手を振り払い、その身体を押しのけ、ラクスの元へと飛び出した。
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