結婚前夜 【CE71】
(アスランから贈られた・・アスランの造った・・・ハロ)
カガリには冷たく接するアスランが、ラクスにはこの手製のペットロボをプレゼントした。
制御できない、名前の分からない感情がふつふつと湧きあがり、カガリの体中に浸透する。
辛くて、呼吸さえも息苦しい。
(嫌だ・・私・・)
名前が分からないなんて、嘘だった。
本当はカガリにも分かっている。
胸に巣食う、このどす黒い感情が何なのか。
(嘘だ・・・私、ラクスに嫉妬しているのか?)
嫉妬など、皆から愛されて育ったカガリにとって、縁遠いものだった。
小説やドラマで嫉妬に苦しむ女性を、不思議な気持ちで見つめていたはずなのに。
「ミトメタクナ~イ」
ぴょん、とピンク色の物体が跳ね上がり、持ち主の腕のなかに納まる。
「カガリさん?」
ハロをキャッチしたラクスが、反応のないカガリを訝しむ。
「あっ・・・いや、何でもない。少しぼんやりしていただけで」
「そうですか・・・」
カガリは無理やり笑顔を作って、黒い感情から顔を背けた。
嫉妬なんて醜い感情を、自分が抱くなんて許せなかった。
それも、親友のラクスに。
「そういえば、研究かなんかで、キラは今日来れないんだよな!」
ハロのことを考えないように、カガリは話題を変えた。
「ええ。プラント病院でシステムの開発をするのだと仰っていましたわ」
「へえ・・・あいつもなかなか、凄いことやってるな」
そう呟いて、カガリは大変なことを思い出した。
「いや、それよりラクス、大丈夫なのか!」
「はい?」
「週刊誌だよ!例の!」
「ああ。あれには少し驚きましたわね」
そうは言うものの、おっとり微笑むラクスは、少しも驚いた様子には見えなかった。
―――婚約解消の歌姫ラクス・クラインに新恋人か?!
―――お相手は、プログラミングに精通する同い年の学生
こんな見出しがプラントの週刊誌を飾ったのは一か月前のことだった。
普段はゴシップに疎いカガリもこれには驚き、すぐにラクスに連絡を取ったのだが、回線がパンクしているのか繋がらない。
ラクスのマネージャーであるダコスタが対応に追われていると小耳に挟んだが、この記事に関してラクス側は未だ正式なコメントを出していない。
「あの記事はデマだって言わなくていいのか?」
「あれはデマではありませんもの。紛れもない事実ですわ。オーバーに書かれている箇所は多くありましたが。ですので私は、否定も肯定もしないことに致しましたの」
「でも・・・いいのかよ。ラクスはプラントの歌姫なんだろ?」
スキャンダルはご法度なのではないか。
「よいのです。だって、恋を知らない人間が、人の心に染み入る歌は歌えませんもの」
ふんわりとしていながら、どこか凛とした声でラクスは言い切った。
何も間違ったことはしていないとでもいうかのように。
(恋を知らない者・・・)
カガリはラクスの言葉を胸の奥で反芻した。
恋。
それは、アスランに会って初めて知った感情だった。
けれでも、カガリの知っている恋は、辛く苦しいばかりのもので。
思い描いていた、甘く温かいものとはかけ離れていた。
思い合わない、一方通行の恋はただ苦いばかりで。
(だったら・・私は知らないままで良かった)
恋を知らない幼い少女のままでいられたら、自分の醜い部分を知ることもなく、苦しむこともしらず、明るく伸びやかに生きることができたのに。
そう思うと、カガリは過去の自分が心底羨ましかった。
笑い声や話し声で賑わっていたフロアに、華やかな音楽が流れた。
ダンスの時間になったのだ。
会場内にはカップルで来ている者も多く、それぞれが手を取り合ってダンスホールへ向かい、踊らない者はその場に留まる。
出来ることなら、ずっと柱の影にいたい。
カガリは心のなかでそう強く願ったが。
それが叶うはずもなかった。
「アスラン、踊れよ!」
「カガリちゃんはどこだ?!」
アスランを取り囲んでいた友人たちが、彼にカガリとのダンスを促す。
今日はアスランとカガリの結婚式前夜祭なのだから、それは当然といえば当然なのだが。
友人たちの手前、穏やかな笑みを浮かべてこちらにやってくるアスラン。
だけど本当は、彼がカガリと踊るのが嫌で堪らないと思っているのだと、カガリは彼の心情が手に取るように分かった。
もしアスランを好きになっていなかったら、彼の穏やかで美しい笑みが仮面だとも気づくことなく、素直に受け取ることができたのだろうか。
仮面を被ったアスランは、外部から見れば理想の夫だった。
「皆がああ言っているし、踊ろうか」
「ああ」
冷やかしの声が鳴るなか、カガリはアスランから差し出された固い手を取り、二人はホールの中央に向かった。