第一夜

アスランとラクスは許嫁だった。
12歳の頃に初めて顔を合わせ、それから月に一度のペースでアスランがラクスの屋敷を訪ねたり、会食をしたりしてきた。
真面目で不器用なアスランは、ドラマや小説にあるような情熱的な愛の言葉を口に出すことはできなかったし、ラクスもまたそれを求めず、恋人らしいことは一切していなかった。
それでも二人は穏やかに愛を育んでいるものだと、アスランは思っていた。
実際アスランはラクスに好意を持っていた。
たまに他人とは違う不思議な言動を取ることもある彼女だが、おっとりとした物腰は柔らかく、彼女とはきっと幸せな家庭を築いていけるのだとアスランはぼんやりと思っていたし、そんな清く正しい二人の交際は、周りの大人たちからも温かく見守られていた。
その状況が一転したのは、一年前、ちょうど二人の結婚の段取りを具体的に話し始めようとしたさなかのことだった。

「アスラン、わたくし好きな方ができましたの」

「え?」

「ですから貴方と結婚できませんわ」

「ラクス、今なんて・・?」

「好きな人ができたので、貴方と結婚はできないと申し上げましたの」

「えっと・・私は何かあなたに失礼なことをしましたか?」

「いいえ。アスランは何もしておりませんわ。変わってしまったのは、わたくしのほうですわ。ごめんなさい、アスラン」

それはいつも通りアスランがクライン邸を訪問し、いつも通りクライン邸の庭で、いつも通りラクスと二人紅茶を飲んでいるときだった。
ラクスはいつも通り天気の話でもするかのように、ごく自然に言った。
二人の周り跳ね回っているハロの騒がしさもいつも通りなのに、ラクスの口から出た言葉だけが唐突で、アスランはその真意を掴めない。
ラクスは一体何を言っているのか。
浮世離れした彼女なりの冗談か何かなのだろうか。
唖然としているアスランに、ラクスはにっこり微笑み、植えてある薔薇を手に取りながら言った。

「本当にあなたには申し訳ないと思っておりますわ。でも、わたくしたちの間には愛がありませんでしたもの」

「愛?」

「ええ。キラにお会いして初めて、わたくしは愛というものを知りました。どんなに素晴らしいものかということも」

「キラ・・?」

ラクスに置いてきぼりにされ、話についていけないアスランには全く構わず、ラクスは薔薇を見つめながら一人心地のように言った。

「貴方も早く見つけることができればいいのですけれど・・」
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