第四夜
カガリがパトリックの書斎を訪ねたことは、使用人づてですぐにアスランへと伝わった。
カガリが何をしようが全く興味のなかったアスランだったが、さすがに今回は動揺した。
パトリックとアスランは、上辺上では何の問題もなく、上手くやっている。
その関係を、カガリが引っ掻き回そうとしている。
そんな嫌な予感がして、カガリの部屋を訪ねようか、それとも徹底して彼女に干渉せずにいるべきか、どうしようかと迷ったところで、ドアの扉が叩かれた。
「アスラン、入ってもいいか」
声の主は、ちょうど今アスランが考えを巡らしていた、その人だった。
カチャリと音がして、ドアが開かれる。
カガリがアスランの部屋に足を踏み入れるのは、これが二回目だ。
「今日で休暇もお終いだな」
「・・・カガリ、今日父上のところに行ったんだってな。何か用があったのか?」
カガリに椅子を勧めない代わりに、アスランが立ち上がった。
パトリックとのやり取りは気になるが、長居をさせる気はなかった。
「用って程のことじゃないよ。少し話をしただけだ」
「話って、どんな話だ?」
カガリはいつもアスランが予想もしない、突拍子のないことをする。
パトリックにも何か、余計なことを言ったのではないかとアスランは気になっていた。
しかしカガリの口からでた言葉は、アスランの問いに対するものではなかった。
「アスラン、もっと正直になったほうがいいぞ」
「は?」
「本音は隠しちゃダメなときもあるんだ。ちゃんと言わないと伝わらないときだってある」
「・・・何が言いたいんだ?」
「お父様と、もっと色々話した方がいい。親子なんだから」
「父にも同じことを言ったのか?」
「・・・・」
胸に手をあて、カガリは押し黙ってしまった。
嫌な予感は、どうやら的中したらしい。
カガリの無言の肯定に、アスランは激しい怒りが湧きあがってくるのを感じた。
(どうして、この女はこういうことばかりするんだ・・)
ザフトに乗り込んで来たり、ザラ邸で暮らし始めたり。
とりわけパトリックとのことは、誰にも踏み込んでほしくない領域だった。
自分さえも無意識に触れようとしなかった、不安定で危うい場所。
そこにカガリは無遠慮に入り込んでくる。
「余計なおせっかいは辞めてくれないか」
低く思い声でアスランは言った。
「親子の関係は、家庭それぞれなんだ。俺は今の環境に満足している」
「じゃあ・・どうして・・・」
普段のカガリだったら、ここで謝罪してアスランの前から姿を消すのに、今回はそうしなかった。
強い決意でこの場に立っているのだというように。
アスランの全身から醸し出される固く暗い雰囲気に怯みながらも、カガリは縋りつくような目で言った。
「どうしてアスランはそんなに寂しそうなんだ?」
「寂しそう?」
カガリの言葉を、アスランは反芻した。
よく意味が分からなかったからだ。
(誰が?俺が?)
そんなことを言われたのは初めてだった。
『寂しい』なんて、自分とは無関係な言葉を投げかけられ、アスランは動揺と憤慨がないまぜになったような、そんな感情を抱いた。
「勝手に妄想するのは辞めてくれ。俺は寂しくなんかない」
(―――寂しいのはお前だ)
カガリの言葉に激しく動揺したことを認めない為の、無意識の自己防衛だったのかもしれないが、アスランは心のなかでカガリを痛烈になじった。
寂しくてくて可哀そうなのはカガリなのだと。
どんなにアスランに纏わりついたところで、婚約者に心のなかで冷たく虐げられていることに気が付きもしないカガリの愚鈍さが滑稽だった。
しかし、そんなアスランの悪態が突然ピタリと止まった。
「・・だってアスランは、いつも苦しそうじゃないか」
アスランの言葉にふるふるとカガリが頭を振る。
その瞳に涙が溜まっていたからだ。
「危なっかしくて見ていられないんだ・・・」
やがて琥珀色の瞳から涙が一筋流れて、アスランは息を止めた。
.
カガリが何をしようが全く興味のなかったアスランだったが、さすがに今回は動揺した。
パトリックとアスランは、上辺上では何の問題もなく、上手くやっている。
その関係を、カガリが引っ掻き回そうとしている。
そんな嫌な予感がして、カガリの部屋を訪ねようか、それとも徹底して彼女に干渉せずにいるべきか、どうしようかと迷ったところで、ドアの扉が叩かれた。
「アスラン、入ってもいいか」
声の主は、ちょうど今アスランが考えを巡らしていた、その人だった。
カチャリと音がして、ドアが開かれる。
カガリがアスランの部屋に足を踏み入れるのは、これが二回目だ。
「今日で休暇もお終いだな」
「・・・カガリ、今日父上のところに行ったんだってな。何か用があったのか?」
カガリに椅子を勧めない代わりに、アスランが立ち上がった。
パトリックとのやり取りは気になるが、長居をさせる気はなかった。
「用って程のことじゃないよ。少し話をしただけだ」
「話って、どんな話だ?」
カガリはいつもアスランが予想もしない、突拍子のないことをする。
パトリックにも何か、余計なことを言ったのではないかとアスランは気になっていた。
しかしカガリの口からでた言葉は、アスランの問いに対するものではなかった。
「アスラン、もっと正直になったほうがいいぞ」
「は?」
「本音は隠しちゃダメなときもあるんだ。ちゃんと言わないと伝わらないときだってある」
「・・・何が言いたいんだ?」
「お父様と、もっと色々話した方がいい。親子なんだから」
「父にも同じことを言ったのか?」
「・・・・」
胸に手をあて、カガリは押し黙ってしまった。
嫌な予感は、どうやら的中したらしい。
カガリの無言の肯定に、アスランは激しい怒りが湧きあがってくるのを感じた。
(どうして、この女はこういうことばかりするんだ・・)
ザフトに乗り込んで来たり、ザラ邸で暮らし始めたり。
とりわけパトリックとのことは、誰にも踏み込んでほしくない領域だった。
自分さえも無意識に触れようとしなかった、不安定で危うい場所。
そこにカガリは無遠慮に入り込んでくる。
「余計なおせっかいは辞めてくれないか」
低く思い声でアスランは言った。
「親子の関係は、家庭それぞれなんだ。俺は今の環境に満足している」
「じゃあ・・どうして・・・」
普段のカガリだったら、ここで謝罪してアスランの前から姿を消すのに、今回はそうしなかった。
強い決意でこの場に立っているのだというように。
アスランの全身から醸し出される固く暗い雰囲気に怯みながらも、カガリは縋りつくような目で言った。
「どうしてアスランはそんなに寂しそうなんだ?」
「寂しそう?」
カガリの言葉を、アスランは反芻した。
よく意味が分からなかったからだ。
(誰が?俺が?)
そんなことを言われたのは初めてだった。
『寂しい』なんて、自分とは無関係な言葉を投げかけられ、アスランは動揺と憤慨がないまぜになったような、そんな感情を抱いた。
「勝手に妄想するのは辞めてくれ。俺は寂しくなんかない」
(―――寂しいのはお前だ)
カガリの言葉に激しく動揺したことを認めない為の、無意識の自己防衛だったのかもしれないが、アスランは心のなかでカガリを痛烈になじった。
寂しくてくて可哀そうなのはカガリなのだと。
どんなにアスランに纏わりついたところで、婚約者に心のなかで冷たく虐げられていることに気が付きもしないカガリの愚鈍さが滑稽だった。
しかし、そんなアスランの悪態が突然ピタリと止まった。
「・・だってアスランは、いつも苦しそうじゃないか」
アスランの言葉にふるふるとカガリが頭を振る。
その瞳に涙が溜まっていたからだ。
「危なっかしくて見ていられないんだ・・・」
やがて琥珀色の瞳から涙が一筋流れて、アスランは息を止めた。
.