第四夜
アスランの休暇の最終日、パトリックがザラ邸に帰宅した。
普段議員宿舎でか生活をしているパトリックが帰宅するのは、カガリがザラ邸で暮らすようになってから、初めてのことだった。
「お帰りなさい、おじ様」
使用人と一緒にパトリックを出迎えたカガリは、玄関で頭を下げた。
「カガリさん、ザラ邸の住み心地はどうだね。男やもめのこの家の何がいいのか分からんが・・何か不都合があったら、バルトフェルドかアスラン、誰でもいいから何でも言うといい」
使用人に鞄を渡しながら、パトリックは未来の義娘に表情を和らげるでもなく、仏頂面で言った。
もっとも、わざとそうしているのではなく、これがパトリックの「普通」なのだ。
「大丈夫です。皆さん、とてもよくしてくれています」
「そうか」
頷いてから、パトリックの視線がカガリから、その隣に立っていた息子に流れた。
「父上、お久しぶりです」
父に視線を向けられ、アスランは生真面目に頭を下げた。
その義務的な動きに、親子の間に流れる温かいものはなかった。
「アスラン、カガリさんに何か無礼は働いていないだろうな」
「はい」
「それならいい。カガリさんに迷惑をかけるなよ」
それきりアスランへの興味を無くしたのか、それとも初めからそんなものはないのか、パトリックはそれ以上何も言わず、息子の前を通り過ぎていく。
ただいまの挨拶も、ザフトに属するアスランへの労いの言葉も、近況を尋ねることさえなかった。
使用人がザラ邸の主の後に続きリビングに向かうが、アスランはそのまま玄関から動かず、遠ざかる一団を見つめていた。
「アスラン・・・」
アスランが気になって玄関に留まっていたカガリがアスランに声を掛けると、彼は無言でふいと背中を向け、私室に戻って行ってしまった。
そんなアスランの態度も、もちろんカガリの心を傷つけたが。
今はそれよりもカガリの心を占めるものがあった。
情のかけらもない、パトリックとアスランのやり取り。
オーブでウズミにはもちろん、多くの人から愛されて育ったカガリには、二人の他人行儀な関係が信じられなかった。
それでも、二人が今の親子の関係に何の思いも抱いていないのなら、それはそれで仕方のないことなのだが。
(アスラン・・・)
パトリックを見送るアスランが、カガリの目にはとても寂しそうに映った。
(アスランは口や態度には出さないけど・・)
本当は、寂しいのではないか。
そんな思いが、カガリの胸に湧き上がった。
分かっている。
余計なことは、してはいけないと。
アスランのことは、諦めなければいけないと。
分かってはいるのだが。
愛してもらいたいなんて、そんな打算的な想いからではなく。
アスランの辛そうな顔を何とかしてあげたいとカガリは心の底から思った。
カガリは重厚な扉を前に、呼び鈴を押した。
「誰だ」
「おじ様、カガリです」
「入りたまえ」
入室の許可を得て、カガリはそっと扉を開く。
幅広な部屋には、本棚が並べられ、床には厚い絨毯がひかれている。
ザラ邸で足を踏み入れたことのない部屋、パトリックの書斎だった。
「どうした、何か用かね」
パトリックは奥の立派なデスクに座っていた。
黒光りするデスクの上には、資料がたくさん置かれている。
久方ぶりに自宅に戻ってきたその晩から、既に仕事をしようというのか。
本当のところ、厳めしい部屋とパトリックの醸し出す空気に萎縮してしまいそうなカガリだったが。
デスク周りの様子を見て、しぼんだ決意が再び膨らみ、喉元から声を押し出す勇気をくれた。
「はい。アスランのことでお話しがあります」
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普段議員宿舎でか生活をしているパトリックが帰宅するのは、カガリがザラ邸で暮らすようになってから、初めてのことだった。
「お帰りなさい、おじ様」
使用人と一緒にパトリックを出迎えたカガリは、玄関で頭を下げた。
「カガリさん、ザラ邸の住み心地はどうだね。男やもめのこの家の何がいいのか分からんが・・何か不都合があったら、バルトフェルドかアスラン、誰でもいいから何でも言うといい」
使用人に鞄を渡しながら、パトリックは未来の義娘に表情を和らげるでもなく、仏頂面で言った。
もっとも、わざとそうしているのではなく、これがパトリックの「普通」なのだ。
「大丈夫です。皆さん、とてもよくしてくれています」
「そうか」
頷いてから、パトリックの視線がカガリから、その隣に立っていた息子に流れた。
「父上、お久しぶりです」
父に視線を向けられ、アスランは生真面目に頭を下げた。
その義務的な動きに、親子の間に流れる温かいものはなかった。
「アスラン、カガリさんに何か無礼は働いていないだろうな」
「はい」
「それならいい。カガリさんに迷惑をかけるなよ」
それきりアスランへの興味を無くしたのか、それとも初めからそんなものはないのか、パトリックはそれ以上何も言わず、息子の前を通り過ぎていく。
ただいまの挨拶も、ザフトに属するアスランへの労いの言葉も、近況を尋ねることさえなかった。
使用人がザラ邸の主の後に続きリビングに向かうが、アスランはそのまま玄関から動かず、遠ざかる一団を見つめていた。
「アスラン・・・」
アスランが気になって玄関に留まっていたカガリがアスランに声を掛けると、彼は無言でふいと背中を向け、私室に戻って行ってしまった。
そんなアスランの態度も、もちろんカガリの心を傷つけたが。
今はそれよりもカガリの心を占めるものがあった。
情のかけらもない、パトリックとアスランのやり取り。
オーブでウズミにはもちろん、多くの人から愛されて育ったカガリには、二人の他人行儀な関係が信じられなかった。
それでも、二人が今の親子の関係に何の思いも抱いていないのなら、それはそれで仕方のないことなのだが。
(アスラン・・・)
パトリックを見送るアスランが、カガリの目にはとても寂しそうに映った。
(アスランは口や態度には出さないけど・・)
本当は、寂しいのではないか。
そんな思いが、カガリの胸に湧き上がった。
分かっている。
余計なことは、してはいけないと。
アスランのことは、諦めなければいけないと。
分かってはいるのだが。
愛してもらいたいなんて、そんな打算的な想いからではなく。
アスランの辛そうな顔を何とかしてあげたいとカガリは心の底から思った。
カガリは重厚な扉を前に、呼び鈴を押した。
「誰だ」
「おじ様、カガリです」
「入りたまえ」
入室の許可を得て、カガリはそっと扉を開く。
幅広な部屋には、本棚が並べられ、床には厚い絨毯がひかれている。
ザラ邸で足を踏み入れたことのない部屋、パトリックの書斎だった。
「どうした、何か用かね」
パトリックは奥の立派なデスクに座っていた。
黒光りするデスクの上には、資料がたくさん置かれている。
久方ぶりに自宅に戻ってきたその晩から、既に仕事をしようというのか。
本当のところ、厳めしい部屋とパトリックの醸し出す空気に萎縮してしまいそうなカガリだったが。
デスク周りの様子を見て、しぼんだ決意が再び膨らみ、喉元から声を押し出す勇気をくれた。
「はい。アスランのことでお話しがあります」
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