第四夜


「カガリ」

会計を済ませ、手配してもらったハイヤーに乗り込もうとしたとき、カガリはキラに呼び止められた。
振り向くと、キラが穏やかな顔をしてこちらを見つめていて、思わずカガリの動きが止まる。
キラはたまにこういう慈愛に満ちた顔をカガリに向けてくれる。
それは、きょうだいという、深い深い絆で結ばれた者にしかできない顔。
そこから全てを包み込んでくれるような、深い愛情を感じて、自分が姉だと信じているが、こういうとき、妹でもいいかもしれないとカガリは心のなかで思うのだ。

「僕は前日のパーティーに出られないから、次に会うときは二か月後の結婚式当日だね」

カガリに向ける瞳と同じくらい、優しく穏やかな声でキラは言った。
式前日に、仲間うちだけを集めた祝賀会を行う予定なのだが、キラは研究の都合で不参加だったことを、カガリは思い出した。

「式当日は慌ただしいと思うから、先に言っておくよ。・・・・幸せになってね、カガリ」

「キラ・・」

「何があっても、どんなときも、僕は君の味方だからね。それだけは忘れないで」

「キラ・・」

深いアメジストは、心なしか潤んでいるようで、キラキラと夜の街の灯りを反射していた。
優しい声と、瞬く優しいアメジストに、カガリの瞳から涙が溢れ出た。

「さあ、もう夜遅いから早く帰らないと。アスランが心配するよ」

気恥ずかしくなったのか、キラは茶化すようにそう言って、カガリにハイヤーへ乗るように促した。

「キラ・・有難う」

「うん。カガリも気を付けて」

最後に礼を言ってから、バタンとドアが閉まり、ハイヤーが滑るように進み出す。
手を振るキラの姿が遙か後方に流れても、カガリは涙を止めることができなかった。
その涙は、嫁に行く女性が持つ、花嫁特有の切なさからのものではない。

(キラ・・・ごめん・・・)

本当はアスランに愛されていないこと、キラに隠している。
言えるはずもなくて、キラはアスランとカガリが愛し合っているものと思っている。
キラに嘘を付いている。
その罪悪感と、後ろめたさ。
それと・・・

―――幸せになってね、カガリ

瞳の裏に浮かぶのは、慈愛に溢れた菫色の瞳。
だけど。

(キラ・・・ごめん・・わたし・・)

幸せになってというキラの想いに応えることができないのだと、カガリは既に分かっていた。

(だってアスランに愛されていないから・・)

だから、たった一人のきょうだいであるキラの願いを、叶えてあげることができない。

(キラ・・ごめんな・・)

それが辛くて、カガリはハイヤーのなか、運転手に気付かれぬよう、声を殺して泣いた。
















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