第四夜


「カガリ、アスランとは最近どう?」

キラは食後のコーヒーをすすりながら、小首をかしげた。
プラントの夜景が見渡せる、窓際の席。
今日は、カジュアルレストランでの、久しぶりのきょうだいの会合だった。
プラントの学生であるキラと、アスハの姫であるカガリは当然普段の生活では接点がない。
だからこうして二人が顔を会わせる機会を、自発的に設けているのだ。
とはいっても、この若さで学会から天才と称されるキラと、アスハの姫であるカガリは互いに多忙である為、二人でゆっくり話せる場を設けられるのは、数か月に一度である。
今こうしてキラとカガリが顔を合わせるのは、婚約披露パーティー以来だった。

「この前初めて会ったけど、穏やかで優しそうな人じゃない。芸能人みたいに格好いいし、いい旦那さんになってくれそうだね」

キラは結婚の決まったカガリを心から祝福し、とても嬉しそうだった。
パーティーで紹介した婚約者が好印象だったのも関係しているのかもしれない。

「・・・・」

しかし、正面に座るカガリの顔はどこか浮かなかった。
客観的に見れば和やかな双子の会合だったが、キラが微笑みながらアスランの話をするたびに、カガリの胸はどんどん苦しくなるのだ。
若者で賑わう明るく賑やかなレストランの雰囲気でさえ、カガリの胸を圧迫する。
意を決してアスランの部屋を訪れたあの日から、一つ屋根の下で暮らしているにもかかわらず、カガリはアスランと顔を合わせていなかった。
アスランはほとんど部屋から出ないし、カガリもアスランを避けていた。
アスランと仲良くなりたい。
その一心で、疎まれていると分かっていても、アスランの部屋に行ったものの、カガリの決死の努力は、いとも容易く打ち砕かれた。
アスランの為を想うなら、アスランが好きなら、彼に迷惑を掛けてはいけない。
それが、絶望に打ちひしがれ、泣き続けて、その先で出したカガリの結論だった。
アスランは自分と関わりたくないのだ。
それが、愛する人の望みなら、カガリはそれを受け入れなければならない。
それは、諦めという名の結論だった。
けれども、そんな胸の内をキラに見せるわけにはいかない。

「う・・うん。アスランは優しいぞ」

カガリは笑みを浮かべながら頷いた。
真っ直ぐで正直者のカガリは、嘘が大嫌いだったが、大切な人を傷つけない為の嘘だった。
キラはカガリの結婚を祝福してくれている。
そんなキラに、アスランとの関係を話せるわけがなかった。
いや、キラだけではない。
誰にも話せない。
夫に愛されない妻の苦悩など。

「それにしても、カガリが結婚かあ・・なんだか寂しいなあ」

カガリの笑顔は多少ぎこちなかったが、それに気が付かなかったようで、キラはため息をつくとテーブルに置かれたコーヒーに視線を落とした。

「お前とラクスはどうなんだ?・・結婚、しないのか」

「そうだね。それはもちろん、そうしたいと思っているけど、ラクスはプラントのアイドルだから、なかなか難しいんじゃないのかな」

「そっか・・・」

それきり、カガリは黙ってしまう。

(ラクス・・)

頭に浮かぶのは、ラクスが大切にしているペットロボ。
常にピンク色のハロを連れているラクスだったが、初めてラクスの家に招待されたとき、色とりどりの大量のハロが階段から我先にと降りてきた。
考えもしなかった。
あれが、全てアスランから贈られたものだったなんて。

「カガリ、具合が悪いの?今日のカガリ、何だか元気がないよ」

黙り込んでしまったカガリを不信に思ったのか、キラにそう尋ねられて、カガリは慌てて顔をあげた。

「そ・・そんなこと、ないぞ!」

「そう?ならいいけど」

キラは疑わしげな顔をしたが、とりあえずは納得してくれた。
そんな弟の顔を見つめ、再び視線を下に落とすと、カガリはポツリと尋ねた。

「ラクスは・・キラと出会う前の話って、お前にするのか?」

「え?ああ、子供のころの話とかよくしてくれるよ」

「アスランと婚約してたころの話は?」

「あんまり聞かないけど・・ああ、昔乗って壊したオカピの修理をしてくれたって話は聞いたなあ」

「そっか・・」

「何?カガリ妬いてるの?」

「いや・・・」

冗談っぽい瞳で覗き込んでくるキラに、カガリは顔を伏せた。
その様子に、キラはやはりおかしいと思ったらしい。

「どうしたの、今日のカガリ、やっぱり少し変だよ」

「昨日あまり寝てないから、疲れているのかも・・・式の準備もあるし」

実際、ザラ邸に移ってから、カガリはあまりよく眠れていなかった。
忙しいというよりも、精神的なことが原因だった。

「そっか・・じゃあもう夜遅いし、帰って休んだほうがいいね」

カガリがあまり食欲もなく、顔色も悪かったので、体調不良の本当の理由を知らぬまま、キラはこの場を閉めることにした。
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