第三夜

ドアを開ける前、ほんの一瞬、カガリはドアノブを掴む手に力を込めた。
ともすれば、ここから逃げ出してしまいそうになる自分に、気合を入れるためだったのかもしれない。
それほどまでに、このドアを開けることは、カガリにとって勇気のいることだった。
アスランの本心が分かっているから。
ザフトの基地に行ったときから、薄々は気が付いていた。
愛していないだけではない、アスランが自分を疎ましく思っていることに。
それは、カガリがザラ邸で暮らすと告げたときのアスランの態度で、確信に変わった。
アスランはあのとき、はっきりと迷惑そうな顔をした。
全身から嫌だという雰囲気を発していた。
あそこまではっきりとしたアスランの感情表現を見たのは、それが初めてだった。
アスランはいつも穏やかで丁寧で、そして他人行儀にカガリに接してきた。
カガリに決して、心の内を見せてはくれなかった。
けれど、カガリがザラ邸に居たことに、よほど衝撃を受けたのだろう。
いつもは決して表に出さない感情を、うっかりと出してしまったくらいに。
ずっと知りたいと思っていた、初めて見せてくれたアスランの本心で、彼が自分を疎ましく思っていると知ってしまうだなんて、何て惨めなことだろうか。
夢も希望も一瞬にして搾り取られてしまう程の惨めな気持ちがあるのだと、カガリはそのとき初めて知った。
アスランやザラ邸の召使の手前、圧倒的な絶望感にふらつく心と体を懸命に支え、明るく振舞ったカガリだったが。
夕食はいらないというアスランと別れ、私室に戻ると、そのままドアの前でへたり込んだ。

(泣いたら、駄目だ・・)

元来勝気な性格のカガリだ。
アスランの本心を認めたくないという気持ちもあったのかもしれない。
泣いたら、彼の気持ちを認めることになる。
だから泣きたくない。
泣いては駄目だ。
そう自分に言い聞かせるのに、カガリは流れ落ちる涙をどうしても止めることができなかった。
それから三日、アスランは部屋から出てこなかった。
明らかに自分を避けているのだと分かっていたのだが、カガリもショックから立ち直れず無気力状態で、それに傷つく余裕もなかった。
何もする気がおきなくて、ただぼんやりと過ごす。
そうして、涙と一緒にアスランへの恋心も枯らしてしまえたら良かったのに。
カガリにはどうしても、それができなかった。
アスランが自分を疎んじているのは分かっている。
それでも、アスランと親しくなりたい。
自分に対する彼の思いを乗り越えたい。

(だって、私はアスランが好きなんだ・・・)

アスランが自分を愛おしむ目で見つめてくれる、そんな幸せな未来を夢見てしまう。
初めて知った恋は、それがどんなに苦しいか分かっているのに、カガリを過酷な道へと導き、カガリも恋が見せる甘い幻想を振り払うことができなかった。
そんな抗うことのできない恋心が、三日の休息ののち、カガリにアスランの扉をノックさせたのだった。
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