第三夜

三か月の軍務のあと、二週間の休み。
この繰り返しがザフトの基本的なスケジュールだった。
若い軍人たちにとって、娯楽が極端に制限される軍隊生活のあとの休みは大変待ち遠しいものであり、休暇に入るだいぶ前から休みの予定を考える者が大半だったが。
休暇に入ったばかりのアスランは、気の乗らない表情で実家に向かっていた。

「はあ・・」

実家に帰ったところで、アスランを待っていてくれる人はいないのだ。
母は数年前に亡くなり、父は議員の仕事で忙しい。
もう子供じゃないのだからそれを寂しいとは思わないが、休暇で家族に会えると嬉しそうにしていた隊のメンバーを見ると何だか居心地の悪さを感じる。
休暇に入るとき、アスランはいつもこうしたモヤモヤとした思いを抱えるのだ。
それでもラクスと婚約していたころは、彼女に会いに行っていた。
ラクスもコンサートで忙しかったから、そんなに頻繁に会えたわけではなかったが、会えないときは彼女にプレゼントするハロを造ったりしていた。
だがそのラクスとも、今はもう・・・。

(休暇なんて、なければいいのに)

そんな暗い思いを抱えながら、アスランはザラ邸のドアを開けた。
メイドたちのように仕事ではなく、本当の意味で自分を待っていてくれる人のいない家のドアを。
しかし広い玄関の前でアスランを迎えたのは、礼儀正しいメイドたちではなく。

「おかえりっ!アスラン」

満面の笑みを浮かべた、金色の輝き。

「カガリ・・・?!」

「疲れているだろう?ほら、荷物貸せよ。夕飯もちょうど出来上がったところなんだ」

「ちょっと・・待て」

「ん?先に部屋で休むか?」

「そうじゃなくてっ・・どうして君がここにいるんだ?!」

予想だにしなかった状況にアスランはつい非難めいた口調になってしまったが、それを気にする余裕さえもなかった。
カガリとは彼女が基地にやってきた夜に通信して以来全く連絡をとっていなかった。
それなのに、何故そのカガリがここに。
カガリは二、三度大きな目を瞬かせると、にっこりと得意げに言った。

「アスランと新居に移るまで、ここで暮らすことになったんだ」

「なっ・・」

カガリの言葉にアスランは声を詰まらせた。
ということは休暇の間中、カガリと過ごさなくてはいけないということか。
冗談じゃない。

「君には君の家を用意したじゃないか!何か不満があるなら何とかするから、君は君のマンションで暮らしてくれ」

アスランの言葉にカガリは瞳を揺らめかせたが、それはほんの一瞬で、不安定な瞳はすぐに勝気な表情に飲み込まれる。

「マンションは何も不便なことなんてないぞ」

「だったら・・」

「でも、マンションは寂しいんだ!」

カガリははっきりと言い切った。

「マンションではメイドもいるけど、基本ずっと一人だし・・こっちの方が人がたくさん居て、賑やかで楽しいんだ」

(そんなくだらない理由で・・・)

アスランはカガリの言い分に、眩暈を覚えた。

(寂しいって・・)

それくらい我慢しろと言いたかった。
それに寂しいなら、友達でも何でもたくさん作ればいいのだ。
その為の時間も金も十分に用意しているのだから。

「年頃の女性が、婚約者といえど男と一つ屋根の下で暮らすなんて、そんなこと、父上がお許しになるはずがない。寂しいのなら、君と年の近いメイドをつけるから、とにかくマンションに帰ってくれ」

「パトリックのおじ様は、いいと言ってくれたぞ」

「っ・・・」

絶句しつつも、あり得ることだとアスランは内心納得した。
広い敷地を持つザラ邸にカガリが一人居候したところで、事実何の問題もないのだ。
屋敷のようなザラ邸を前に、いくら婚約者とはいえ嫁入り前の娘が男と一つ屋根の下で暮らすなどと眉をひそめる者はいないはずだ。
であればカガリの希望を受け入れないで、オーブの姫の機嫌を損ねる方が問題だとパトリックは考えたのだろう。

「宜しくな、アスラン!」

あっけらかんと明るく笑うカガリに、このうんざりする展開を受け入れるしかないことを、アスランは悟ったのだった。
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