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Yamamoto novel

誕生日。
それは友人、両親からの贈り物や普段より豪華な料理、ケーキと胸を踊らせ、生まれたことを祝い大人に成っていく年に一度の特別な日。
大人子供年寄りは勿論、軍人でも病人でも極悪人でも犯罪者でも自殺志願者でも。
誰にも等しく訪れる、祝福の日。

「ベル、この間の任務の報告書出来てるの?」
「報告書?ああこれ」
「もう、出来てるならちゃんと期限内に出してっていつも……、って、何よこれ!『つまんなかった』ってでかでかと書いてあるだけじゃない!」
「事実を書いたまでだし」
「日付と目的、任務内容とその結果を書いてって言ってるでしょ?!これじゃボスに渡せないわ、作り直して」
「あーん?王子が書いてやっただけ有り難く思えよな、上司でもねーくせに。バラバラにすんぞ」
「脅したってだめよ、せめて任務内容と結果だけでも書いてよ。よくこれで今までボスに消されなかったわね」
「王子だからだろ。さって、次の任務行ってこよーっと」
「ああちょっと!待ちなさいよベル!ベル!!」

バタン、と要求を拒否するように扉が閉められた。苛々を通り越して、呆れてしまう。きっと今までボスに通す前にスクアーロが修正していたんだろう。昔から苦労の耐えない人だ。
仕方ない、彼の報告書は私が書くとするか…。もう、余計な仕事を増やすだけ増やしていくんだから。
はぁ、とため息をつく。ため息をつくと幸せも楽しいことも逃げるとはよく言うが、これがつかずにいられるものか。
ベルの部屋を出て自室へ戻る。今日は特別外に出る仕事はなく自室でのデスクワークのみだ。

「急ぎの仕事はとりあえずないから…少し休憩して報告書やろうっと…」

現実逃避するように、お湯を沸かして茶葉を入れた急須に注ぐ。イタリアに住んでいると言え私は日本出身、お茶の味は忘れられない。ああ、良い香り。
くるくると急須を回してお茶の味を均一にする。湯飲みに注げば新緑を思わせる鮮やかなグリーンが目を惹いて茶葉の香りが鼻を抜ける。これこそ至福。飲み物は矢張お茶に限
ピリリリリリリリ。
……………、誰からだろう。この絶妙なタイミングで掛けてくるなんて。
デスク脇に置いてある端末を手にとって、受話ボタンを押す。

「……、Pronto」
「あ、もしもし?真守さん?俺だけど」
「詐欺なら間に合ってますよ。神をお探しでしたらそれは私のことです」
「詐欺師も宗教勧誘も呆然とする文句だな。そうじゃなくて!俺だよ、武だよ!」
「……分かっていますよ、武さん。どうされたんですか?」
「もー…、あんた今月誕生日だろ?休暇とか取れるのかなって思ってさ」
「……残念ですがありません、通常業務が待っているので…」
「そっか…。……てか、なんか声が不機嫌なんだけど、何かあった?」
「……今からティータイムだっただけですよ」
「そりゃ悪ぃことしたな。ゆっくり休んでくれよ、じゃあまた」

そういって、電話は切れた。割りとあっさり引いた相手に首を傾げつつも深くは考えず、通話終了のディスプレイを暫く見る。

「(誕生日、ね)」

もう何年も祝うようなことはしていない。いや、そもそも誕生日が特別な日であると言う認識も薄い。
自分の誕生日に無関心というのは些か冷たいように思われるかもしれないが、実際のところ今更誕生日と言われてもピンとこない。子供の頃は祝っていたと思うが、この世界に足を踏み入れてからはした記憶はない。それこそ、初めは誕生日が近付くと気持ちが浮わついたが何時しかそれもなくなり、最終的にはただの平日と同化してしまった。
端末を脇に置いて、頬杖をつく。

「(それが、『何かある日』となってきたのは彼から手紙が来るようになった頃からか)」

誕生日に贈られてくる『Buon Compleanno.』と中学生の拙い愛の言葉が綴られたメッセージカード(当時はスペルミスがあった)。その前後で彼からの連絡も増えたおかげで、誕生日を少し気にかけるようになった。だからと言って、何かするわけではないのだが。
ただそれが毎年の恒例になり、カードは大事に仕舞っている。
彼の気持ちに、応えることもできないくせに。

「彼には、悪いことしてるわね」

淹れたてのお茶は、ちょっとだけ温くなっていた。




ツーツーと通話終了の音が鳴る携帯を見て、思わずひと息つく。

「真守さん、やっぱ忙しいのかな」

誕生日に毎年恒例のメッセージカードを贈ろうと思ったが、毎年これだけでいいのかとふと思ってからまだ書けていない。十中八九、仕事に追われて誕生日なんて気付いたら通り過ぎてた、と言うだろう。彼女は、というより彼女が身を置いている場所では誕生日で態々祝うようなことはしないと思う。そういう、のほほんとした場所ではないのだ。
だからこそ、ちゃんと祝ってあげたい。
年に一度の、特別な日なんだから。

「でもなあ……、やっぱ言葉だけじゃ物足りないよなぁ」

プレゼントを贈るのも手だが、あの人現場にも出る人だからなぁ。動くのに邪魔になったり、無くなったりするようなものは良くないかなと思う。としたら部屋に置いておけるようなものか。仕事で疲れてるって言うなら癒されるものがいいかなぁ、何だろ、音に反応してクネクネ動くオモチャとか?……癒されねぇだろうなぁ……。
プレゼントまで渡せなかったのは自分の手で渡したいというのもあったから。彼女に久しぶりに会いたい、というのが本音だけど。

「……、!そうだ!」

思い立ったら吉日。俺は押し入れの中を漁り出した。昔の思い出の品々が埃を被っている中で、目的のものを発見。

「そうだよな、悩むこともねーよな」

視線の先には、過去にディーノさんとイタリア旅行に行ったときのスーツケースがあった。



あれから数日が経って、誕生日を明日に控えた今日。
私は相変わらず仕事をしていた。誕生日休暇なるものもなく、ケーキの準備があるわけでもなく、せっせと期限のある仕事を片付ける。
いつもと変わらないのだが、どこか気持ちが落ち着かない。
誕生日を明日に控えているからというわけではなく、いつもあるはずのものがなくなった、穴が開いたような焦燥感にも似た感情。ただ気持ちがそわそわするには思い当たる節がある。
今日はまだ、彼からの連絡がない。手紙も来ていない。

「(誕生日が近くなると何度か連絡がくるんだけどなぁ)」

手紙は当日に届くこともあれば前後することもある。それに関しては後日届くと考えていいだろう。
しかし、今回は……。

「んん……、気にしても仕方ないわね。都合があるんだから」

ないならないで、いつものように過ぎていくだけだ。
しかしそう頭では思っていても思考はどうにも集中しきれなくてふらふらしてる。ペンの進みが悪くなって、やがてぱたりとペン先の動きが止まってしまった。

「……、少し寝よう」

ここのところ仕事も落ち着いていて多少余裕が出来ているのでこうしてのんびりすることが叶っている。
ぽすん、とベッドに横たわる。傍らにはプライベート用の端末。
端末をご丁寧に枕元に持ってきているくせに、待つばかり。いっそこちらから連絡してやろうかいやしかしそれでは催促するようで悪い気がするし何かプライド的に出来ないと言い訳を脳内で繰り広げる。へそ曲がりというか天の邪鬼というか頑固というか。したいけど連絡ひとつ出来ない理由、何を頑なに拒んでいるのか、当人である自分でもよく分かっていないというのは、些か問題かもしれない。
ん"ーーーーーー。

「(意地、なのかしらね)」

横になって、眠気が次第に瞼を下していく。
視界が真っ暗になったと同時に意識が底に沈んだ。



『真守さん』

ああ、これは彼の声?夢にまで出てくるなんて、そこまで私は気に留めていたのだろうか。起きて端末から聞くはずだった声を、此処で聞くことになるとは。何だか皮肉な話。

『なー、真守さん寝てるの?』

寝ていますとも。だからこうして、日本に居るあなたの声をイタリアで聞くことができるんです。姿を見ることは叶わなくても、声を聞くだけでも私には充分……

『う"ぉ"おい。いいか、騒ぐんじゃねぇぞ。ただえさえこっちは忙しいんだからなぁ』
『わーってるって。スクアーロたちも大変だな、誕生日休暇もないなんて』
『誕生日休暇なんて平和ボケしたモンあるわけねえだろぉが!』
『わ、わ。声でけーって!真守さん起きちまうよ!』

…あら?……夢、にしては…何だかリアルな声…。




「……………、あ、起きた」
「……………、え」

眼前に、

「ほらー、スクアーロがでかい声だすから真守さん起きちゃっただろ」
「俺のせいにするんじゃねぇ!声がでけえのは生まれつきだ!」
「でも起こすなっていったのそっちだろ。俺見てただけだし」
「うるせぇクソガキぃ!!三枚に卸されてぇのかぁ!!」

眼前に、此処にいるはずのない青年が、うちの上司と揉めていた。

「え、な、たっSig.武?!」
「よっ。チャオっす真守さん」

がばっと上半身を起こし、今起きている状況を整理しようと寝ぼけた頭をフル回転させる。
待て待て待て。イタリアと日本は約九千八百七十キロある、時間にして約十二時間。そしてここはヴァリアー本部だ。ボンゴレの一部とはいえ暗殺部隊のいる本部、どうして彼が此処に来られた?そもそも何で居る?何故上司と揉めている?彼一人?修学旅行か何かか?ああダメだ、全然分からない。
とりあえず何か言わなければと、混乱した頭で出てきた言葉を口にする。

「…お、はよう、ございます……」
「ん、おはよ」
「何ボケたこと言ってんだお前」

バカかと言い出しそうな呆れ顔で居る上司と、ワープ疑惑の彼に視線を移す。

「え、っと…これは、一体」
「いやー、ちょっと驚かせたかったし思い立ったら吉日っていうだろ?だから来ちゃった」
「来ちゃったって…あなた一人でですか?」
「おう。イタリアへは前にディーノさんと来たことあったし。まあ、今回もディーノさんに行き方教えてもらったんだけどな、此処の場所も」

Sig.ディーノ……、いくら未来のボンゴレ守護者とはいえあっさりと場所を教えるなんて不躾なのでは。これはあとでキツく言っておかなければ。
いや、大事なのはそこではなく。

「でも此方に来られても私には休みが…」
「何のために仕事減らしてやったと思ってんだぁ」

え?と顔をあげれば腕を組んで仏頂面でいる上司。

「期限の近ぇもんはねえ筈だろぉが」
「え、ああまぁそうだけど……。………もしかしてあなた」
「ボスにも話は通ってる、休暇は二日だ。この借りはあとで倍にして返してもらうからなぁ、覚悟しとけ」

あとは好きにしろと言い残してスクアーロは部屋を出ていった。倍にして返せと言うのは倍の量の仕事を回すということか。素直に喜べないのだがあとで彼にはマグロのカルパッチョを御馳走しよう。
部屋には、私との彼だけが残された。久し振りに会ったとあって何を話していいものか閉口してしまう。その代わりというように、彼の姿を観察する。

「(私が最後に会ったのは彼が中学二年の頃…、背丈からして大学生、くらいだろうか。身長も伸びて大人びている。身長ならスクアーロと良い勝負なんじゃないかしら。というか、あれから七年経ったのね…。過ぎる月日の何と早いことか)」

少年が青年に変わっていたという当然の事実を物珍しげに見ていると、武さんが照れるように笑った。

「なんか、そんなに見詰められると照れるのな」
「え、あ。す、すみません。随分……大人になったなと思いまして」
「そりゃあ七年も経ってるんだし、そうなるでしょ」
「そうですけど。感覚的には顔を見せる孫が知らぬ間に大きくなってたような感じで、驚いたんです」
「え、あんた孫居るの?!」
「例えですよ」

だよなー、とのほほんとした彼がちょっと心配になった。
それからは会わなかった間の出来事をお互い話した。とても一日では語り尽くせない、七年間の話。
その時、彼が思い出したように声をあげた。

「あ、そうだ。話に夢中で忘れるところだった。………はい、これ」
「……?これは」

手紙と、今年はもう一つ。
シンプルながらも目を惹く包装。
これは何?と、聞くだけ野暮で。彼は、山本武ははにかんで私に言った。

「Buon Compleanno.真守さん」

言葉と共に手紙と包装を受け取って、こちらは不覚にも言葉を失った。いつも手紙で受け取っているはずの言葉が音となって伝えられると、どう反応して良いのか分からなくて。でも、とてもくすぐったくて、

「手紙、見ても?」
「おう、いいぜ」

ペーパーナイフで封を開けて、中身を確認する。便箋はシンプルで、目に入ってきた文章もシンプルそのもの。長々しく綴られてなくて、一言二言程度だ。
でも、

「……、!」

それはとても深く心に入り込んで。
手紙をみて固まる私に不安になったのか、彼の表情が曇る。

「……どうした?何かイタリア語変だったか?」
「……いいえ」

ああ、そうか。
誕生日って、確か、こんな感じだったんだ。
いつもより美味しいものを食べて、プレゼントを貰って賑わうだけのイベントだと思っていたが、本来はそうではないのだ。
随分と、忘れてしまっていた。
私は手紙を静かに閉じて、表情を曇らせる彼に向けて、

「……、ありがとう。ありがとう、ございます」

くすぐったさと、それ以上に幸せな思いが溢れて。そう紡いだ。
日本からイタリアまで、九万八千七百キロ。その距離を越えて届いた祝いの言葉は、どんな贈り物よりも、

「さて、少し食事にも出ましょうか。美味しいリストランテ・バールがあるんですよ」
「そうなのか?行く行く、もー腹減ってさあ。折角休暇もらったんだし、ショッピングとかは?」
「そうですね、丁度買いたいものもありますし行きましょうか」
「おう!…ていうか、『さん』はなしにしてくんねーの?普通に武でいいじゃん」
「それはもう癖なので……。自分の誕生日の時にでも言ってください。その時検討します」

えー?!と大袈裟にリアクションする彼にため息をつく。でもそんな彼が、とても愛しく思う。




「じゃあ敬語!敬語外してくれよ。お願い!」
「……これ、私の誕生日ですよね?」

(Grazie per essere nata.Ti amo)


(2017.12.22)
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